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映画にもならない私たちのこと 追加物語 2

狐が帰って朝日が登り始めた時間に、
最後に伝えさせてとLINEをした。
あなたをまた好きになって、
勝手にまた付き合えるかなって思ってたこと、
強くなるために終わらせること、叶わない想い、
直せない関係とお別れをして、孤独を乗り越えること。
勝手にあなたを自分の幸せにしてたこと。
自分は自分で幸せにしたいこと。
ありがとう、またいつか、応援してる、
今までありがとうおやすみ、と。

使いすぎてきたごめんは、使わなかった。
狐は最後に電話をくれた。17分間の通話。
最後に話せて本当に良かった。

馬鹿みたいなこの1ヶ月ちょっとの関係は、
馬鹿でも間違いだったと分かる。
馬鹿が過ぎていた私には、
この過程が無いと分かれなかったらしい。
けれど、間違いを終わらせることが出来た今、
正解にしていくしか無いんだと思える。

関係を持ってまた終わってしまったけれど、
前回の終わりよりも何倍も気持ちが良い。
会えない道を選んで、やっぱり苦しすぎて、
何も伝えずに今まで通り会える仲でいれば良かった、と何十回も思ったけれど、この道を選んだことが間違いじゃ無いって証明できる行動をこれからして生きて行くんだ。

5月6日
この朝は号泣しながらタバコを2箱空け、
狐が持ってきた、ウイスキー瓶の残り1/3を飲み干してから思い出さない様に、関連するものを全部捨て、触れた物全てを洗濯し、触れたところ全てにリセッシュをした。

それから、悲しみから吐き気がして息が吸えなくて、眠れなかった。

寝ずにいたら夕方に、心配して姉夫婦がシチューを持って家に来てくれた。
神様に見えた。1人でいては駄目だと、夫婦の家に連行してくれた。

2人が眠りにつき、まだ寝れずにいた私は
何も言わずに、レンタルチャリで1時間半かけて自宅に帰った。
久しぶりの夜風は気持ちが良かった。
もう40時間起きていた。
眠ってしまったら起きた時、もう会えない現実をつきつけられる、そんなの辛すぎると、
現実逃避の1日だった。

5月7日朝6時、42時間経って気絶した。

やっと寝られて喜んだのはつかの間、たまに目が覚めて目を開ける度に、いたはずの狐がいないことを知らされ、息が出来なくなる。
どの方向で目を開けても狐が見える、どこを見ても狐はいない。姿形、寝顔がいくらでも思い浮かぶ。触れられない。幽霊を見てるみたいだった。

これがいつまで続くか分からない。
けれど、いつまでも続かないことを知っているから、生きていける。
私には、親友がいる、友達がいる、姉夫婦もいる。
心配してくれる人もいる。
それだけで幸せなんだ。それだけで、じゃない。
十分すぎるんだ、幸せだ。

明日からまた目覚めて、
弱った浅い呼吸で生きていく。
今やるべきことを一つずつこなして、
自分を作り上げていく。

どうするべきかは、自分が1番分かっている。
何をどうすれば、自分が幸せになれるか、
自分が1番分かっている。

狐の幸せも、
私が愛してる人達の幸せも心から願いながら、
自分も幸せになる様に生きていく。ここに誓う。

              2024年5月7日

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