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【映画レビュー】『満ち足りた家族』

子供を巡る苦悩と葛藤。正反対の兄と弟の対立をサスペンスフルに描く

「八月のクリスマス」(1999年)は、私の韓国映画への認識を変えた重要な作品だ。それまでの熱気あふれる熱い映画という思い込みが、繊細で抑制的なこの映画によって覆された。素晴らしいラブストーリーだった。

その「八月のクリスマス」のホ・ジノ監督の新作が「満ち足りた家族」だ。どちらかというと、ラブストーリーのイメージが強いホ監督だが、この映画は色合いが違う。兄と弟、それぞれの家族の対立を描いたサスペンスフルなドラマだ。ハリウッドでも映画化されたオランダ人作家ヘルマン・コッホのベストセラー「冷たい晩餐」を映画化した。


あらすじ
利益を優先する冷徹な弁護士である兄のジェワン(ソル・ギョング)は、豪華マンションで年下の2人目の妻ジス(クローディア・キム)と生まれたばかりの赤ん坊、そして10代の娘と暮らしていた。一方、小児科医で道徳的に生きることを信条とする弟ジェギュ(チャン・ドンゴン)は、年上の妻ユンギョン(キム・ヒエ)と10代の息子、それに痴呆気味の母と暮らしていた。そんな兄弟は月に一度、それぞれの妻を伴って高級レストランの個室でディナーを共にしてきた。だが、あるディナーの夜、事件が起きる……。


ユーロスペースにて鑑賞

タイトルは「満ち足りた家族」だが、登場する2組の家族はとても満ち足りているとは思えない。確かに兄は金銭的には裕福だが親子関係は微妙らしい。一方の弟家族も貧しくはないが母の介護で大変だ。それでも何とか均衡を保っている。しかし、ある事によってそれが大きく崩れるのだ。

映画は緊張感あふれる場面で幕を開ける。煽り運転に怒った男が、自分の車から降りて相手の車に抗議する。だが、相手は全く取り合わない。男は車からバットを持ち出して、車に向けて振り下ろす。それを見た相手は車を発進させて男を跳ね飛ばし、男の車をめちゃくちゃにする。その車に乗っていた男の娘は重傷を負う。

この出来事が、2つの家族とどうかかわるのかと思ったら、なるほどそういうことなのか。重傷を負った娘は、弟ジェギュが勤務する病院に運ばれる。ジェギュは必死で彼女の命を救おうとする。一方、加害者となった男は兄ジェワンに弁護を依頼する。多額の報酬を提示されたジェワンは、男の罪を軽くするため奮闘する。

ここで早くも両者の対立構造が象徴的に現れる。性格も信条も対照的な兄弟は、とにかく仲が悪い。2人の妻同士も微妙な関係らしい。ジェギュの妻ユンギョンは、はるかに年下で後妻のジスに敵意を燃やしていた。

そんな2組の夫婦が高級レストランで食事をする。個室で大理石のテーブルのある部屋だ。もちろん料理も超豪華。

とはいえ、楽しい会食などは望めない。兄のジェワンは、弟家族が介護する母を施設に入れようと提案する。そこは至れり尽くせりの高級な施設だ。だが、ジェギュは素直にそれを受け入れられない。

兄弟の対立ももちろんだが、妻同士の対立もかなりのものだ。日頃から鬱憤がたまっているユンギョンは、痛烈な皮肉でジスをやり込める。

こうして序盤は超セレブ生活を送る兄の家族と、介護などで大変な生活を送る弟の家族を対比して描く。シニカルな笑いも交えながら、両家のバチバチの対立を見せていく。

そんな両親同士の対立とは裏腹に、両家の10代の息子と娘は仲がいい。ジェギュの息子は純朴な感じだし、ジェワンの娘は積極的で主導権を握る。ただし、そんな2人も親の前では違う顔を見せる。

そして、家族の会食の晩、事件が起きる。

ここからその事件の犯人捜しを描くミステリーが展開されるかと思えば、さにあらず。事件の犯人は意外に早くわかってしまう。その代わり人間心理の奥底が繊細に描かれるのだ。子供たちの秘密に直面した兄弟は、大いに悩み葛藤する。ジェギュは自身の信条と子供を守ることの板挟みになる。ジェワンも大いに心が乱れる。

子供を持つ親なら、彼らに感情移入してしまうことだろう。何が正しくて、何が間違っているのか。正義を貫けば自ずと結論は決まってくる。だが、それでいいのか。「はたして自分ならどうする!?」と頭を抱えるに違いない。子供のいない私も、ジリジリするような気持で兄弟とその妻たちの混乱ぶりを目撃した。

その結果、兄弟の立場が逆転するのが面白い。正義を貫くジェギュと場合によっては
不正も厭わないジェワン。それが入れ替わってしまうのだ。

この逆転劇はやや都合が良すぎる感じもしたが、何しろ演じているのがソル・ギョングとチャン・ドンゴンという名優同士だ。彼らの演技のおかげで説得力がもたらされる。両者の対決は実にスリリング! ちなみにチャン・ドンゴンは5年ぶりの映画出演とのこと。2人の妻役のキム・ヒエ、クローディア・キムもなかなかの演技を披露している。

そして、ラストには衝撃的な出来事が待っている。思わず息をのむような場面だ。その後のエンドロールでの家族写真が言いようのない余韻を残す。

介護、教育、学歴社会、拝金主義といった社会問題も織り込み、何本もの糸を巧みに束ねてサスペンスフルなドラマを構築したパク・ウンギョ パク・ジュンソクによる脚本も見事。ホ監督の繊細かつ大胆な演出も素晴らしい。見応え十分の作品だ。

◆「満ち足りた家族」(A NORMAL FAMILY)
(2024年 韓国)(上映時間1時間49分)
監督:ホ・ジノ
出演:ソル・ギョング、チャン・ドンゴン、キム・ヒエ、クローディア・キム、ホン・イェジ、キム・ジョンチョル、チェ・リ、ユ・スビン
*TOHOシネマズ 新宿ほかにて全国公開中
ホームページ https://michitaritakazoku.jp/

●鑑賞データ
2025年1月18日(土)ユーロスペースにて。午後4時より鑑賞(ユーロスペース1/C-6)

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