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【映画レビュー】『ゆきてかへらぬ』

大正時代の雰囲気あふれる中で展開する3人の男女の青春の愛と葛藤

映画「ゆきてかへらぬ」を観て、ノスタルジックな感じにとらわれた。スクリーンに満ちあふれる大正時代の雰囲気が何とも言えず、懐かしかったのだ。

いや、もちろん私は大正時代に生きていたわけではない。昔観た鈴木清順監督の「大正浪漫三部作」である「ツィゴイネルワイゼン」「陽炎座」「夢二」の世界と共通するものを感じたのだ。

それもそのはず「ゆきてかへらぬ」は、「大正浪漫三部作」の脚本を担当した田中陽造が、40年以上も前に書いた脚本を映画化したものだという。監督は「遠雷」「ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ」などで知られる根岸吉太郎。根岸監督にとって16年ぶりの長編映画の監督作となる。


あらすじ
大正時代の京都。20歳の新進女優・長谷川泰子(広瀬すず)は、まだ学生だった17歳の詩人・中原中也(木戸大聖)と出会い、互いに惹かれ合い一緒に暮らすようになる。やがて上京した2人は、詩人としての中也の才能を高く評価する23歳の小林秀雄(岡田将生)と出会う。中也も秀雄を評価し2人は親密になっていく。それを見た泰子は複雑な感情を抱く。そんな中、秀雄も泰子に魅せられていくのだが……。


ユナイテッド・シネマとしまえんにて鑑賞

冒頭で述べたように、この映画でまず目を見張るのが、時代の空気の作り方だ。セットや美術、ファッションなどあらゆるものを通して、大正時代そのままの空気が醸成されている。そのこだわりは相当なものだ。

映画の冒頭、中也の部屋に1人でいる泰子が、屋根にリンゴがあるのを見つけて、それを取る。そこで中也が赤い番傘を差して通りを歩いてくるところを上から映す。泰子は中也にリンゴを見せる。中也は「それは詩を書くためにわざと置いたのだ」と告げる。このシーンだけで、この映画の世界に引き込まれてしまった。

展開するのは若い男女の青春模様。2人の男と1人の女。三宅唱監督の「きみの鳥はうたえる」の例を出すまでもなく、たびたび映画の素材になっている。だが、それが大正時代のドラマで、登場するのが女優の長谷川泰子、詩人の中原中也、文芸評論家の小林秀雄という実在の人物とくれば、ずいぶん趣が違う映画になる。

最初は泰子と中也が知り合い、親しくなる。2人は若さゆえに、互いに虚勢を張る。年上の泰子は上から目線で中也を見るし、中也もそれに負けずに空威張りする。

ある時、泰子から金を借りた中也は、「女郎を買いに行ってくる」と告げて泰子を待たせる。帰ってきた中也を泰子はぶつ。だが、実は中也は女郎を買ったわけではなく、単に友人に会って来ただけなのだった。

こんな2人だから、しばしば仲違いするが、決定的な破局に至ることはない。一緒の生活が続いていく。

そんな中、やがて中也は京都も飽きたから東京に行こうという。そこには、中也の詩人としての才能を高く買っていた小林秀雄がいた。泰子も彼とともに上京する。

秀雄と会った中也はたちまち意気投合する。中也も秀雄の才能を高く評価していた。2人は芸術を論じ合う。

だが、それを見た泰子は嫉妬にも似た感情を持つ。才能あふれる2人の仲に、自分が入っていけないのが悔しく、寂しかったのだ。自身も女優というクリエイティブな仕事をしているにもかかわらず。

一方、秀雄は泰子を見てすぐに彼女に魅せられる。そして、猛烈にアプローチする。その結果、泰子は秀雄の家に移り住むことにする。こうして歪んだ三角関係が始まる。

中也は詩人であり感性で生きている人物だ。それに対して、秀雄は論理で生きている。そんな2人の違いが、泰子を惑わせたのかもしれない。

秀雄との暮らしが始まったものの、そこには中也の影が付きまとっていた。中也は年中秀雄の家を訪れていた。泰子は家で秀雄の帰りを待つ生活だった。それが彼女の神経を蝕む。

ある時、中也が結婚祝いだと柱時計を置いていく。時間を告げる音が鳴る。泰子は頭を抱える。中也も自分の家で、同じ時計の同じ音を聞いているに違いないというのだ。泰子の神経症はひどくなり秀雄は彼女のもとを去っていく。

とまあ、この後どうなるかは伏せるが、最近にしては珍しく重厚かつエネルギッシュなドラマなのは間違いない。

中也も秀雄も泰子も、おのれの信じるままに突き進む。それが自分や相手を傷つけもするのだが、ある意味、清々しくもある。そんな3人それぞれの感情がもつれ合い、絡み合う様子を生々しく映し出した脚本、演出が素晴らしい。

このドラマは大正時代のドラマであり、若い男女の三角関係を描いている。とはいえ、下世話な愛憎劇にはなっていない。格調高く、青春の日々の愛と葛藤をスクリーンに刻み付ける。それはけっして大正時代にとどまらない、普遍性ある青春ドラマとして胸に響いてくる。

広瀬すず、木戸大聖、岡田将生の熱演も見逃せない。特に広瀬すずは、本作でまた新境地を開拓したのではないか。2人の男の間で心が揺れ、激しい感情を爆発させ、その一方で儚げな表情も見せる。実に見事な演技だった。

しかし、昔はこういう映画がたくさんあったよなぁ。それこそ、鈴木清順が監督していたら、どんな映画になっていたのやら……などということを思ったりもしたのである。

◆「ゆきてかへらぬ」
(2025年 日本)(上映時間2時間8分)
監督:根岸吉太郎
出演:広瀬すず、木戸大聖、岡田将生、田中俊介、トータス松本、瀧内公美、草刈民代、カトウシンスケ、藤間爽子、柄本佑
*TOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開中

鑑賞データ
2025年2月23日(日)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後3時35分より鑑賞(スクリーン2/D-6)


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