【映画レビュー】『型破りな教室』
最低の学校にやって来た型破りな教師。教育の本質を問う良作
記憶に残る教師が何人かいる。そのいずれもが個性的で、他に類を見ない教師だった。だが、それをはるかに上回るのがメキシコ映画「型破りな教室」に登場する教師。超個性的で、邦題通りに「型破り」な教師なのである。
あらすじ
舞台はアメリカとの国境に近いメキシコの町。治安が悪く、麻薬や殺人がはびこっていた。その町のマタモロス小学校は、教育設備も不足し、学力も国内最底辺だった。そんな中、出産のため辞職した6年生の担任の代役として、フアレス(エウヘニオ・デルベス)が赴任してくる。彼はユニークで型破りな授業を実践し、子供たちの興味や才能を開花させていくのだが……。
実話を基にした物語だ。舞台となる町の治安の悪さは、冒頭の場面にも表れている。少年が老婆を乗せた車椅子を押している。そこにバイクが近づき男が「早く隠れろ」と声をかける。男はバイクから降りてサボテンの影に老婆を隠す。するとまもなくギャングの車が追いついてくる。車の後ろには、リンチに遭ったと思しき男たちがくくりつけられている。
この町では理不尽な暴力が蔓延しているのだ。町の中には警察官とパトカーがあふれている。殺人現場を目撃することも珍しくない。自分がいつそこに巻き込まれるかもわからない。
そんな状況だから、町にある小学校もひどい状況だ。「罰の学校」と呼ばれている。もちろん警備は厳重だが、設備はお粗末。卒業できない生徒もいる。生徒の意欲も低く、全国試験の成績も最下位。
そこにやってきたのがフアレスだ。出産を機に退職した教師の代わりに赴任してきた。この学校への赴任を希望する教師はほとんどおらず、校長にとっては来てくれただけでありがたかった。
ところが、フアレスの授業を見た校長は仰天する。それはどんな授業だったのか。机と椅子をどかして、教室の中央に座ったフアレスは「君たちは23人。これは救命ボート。乗れる人数は同じ。ボートは6つ。君たちはどうする?」と生徒に問いかけたのだ。生徒は驚き、戸惑い、それでも考え始める。答えのヒントを得るためにフアレスと生徒はパソコン室に向かう。しかし、パソコンは設置と同時に盗まれてそれっきりだ。そこで、フアレスは生徒たちを図書室に連れていく。
いったいフアレスは何をしたかったのか。
生徒が自ら考え、探求することを促したのだろう。生徒の持つ大きな可能性を信じて……。その証拠に、救命ボートを取り上げた最初の問いは、体積や浮力などの様々な知識につながる。
この他にも型破りな授業が満載だ。あまりにも型破りなので、観ているこちらは笑ってしまう。フアレスの大げさな言動も笑いの種になる。そして、生徒同様にどんどん引き込まれていく。
こうした授業を通して生徒たちは確実に変わっていく。次第に生き生きと輝きだすのだ。
クリストファー・ザラ監督は、そうした生徒たちの姿をリアルに映し出す。躍動する映像が、生徒たちの心情を映し出す。生徒たちもまた、このドラマの主人公なのである。
特に焦点が当たられるのが、3人の生徒たちだ。成績は良いが家は貧しいパロマ、ギャングの兄を慕うニコ、弟と妹の面倒を見ているルペ。この3人は生徒たちの中でも、ひと際輝きだす。
航空宇宙工学者になりたいパロマが、ゴミの山の頂に立って、自作の望遠鏡で国境の先にあるロケット発射場を見つめる場面が、心に染みる。夢を抱きつつも、現実の厳しさにさらされる彼女の現在地を示すシーンだ。
フアレスの熱意は、最初は彼に疑念を持っていた校長も動かす。もともと教員たちのためにコーヒーとドーナツを用意するような温かな心を持つ彼は、フアレスを応援するようになる。
とはいえ、フアレスを完全無欠な偉人として描いているわけではない。そもそも彼が今のような授業にたどり着いたのは、教育法を説く動画が影響しているらしいことが語られる。けっこうお手軽なのだ。そして、彼は自身のやり方に絶対の自信を持っているわけでもない。終盤には彼の迷いが描かれる。
というわけで、終盤、彼は停職を食らい、さらに大きな悲劇に直面する。立ち直れないほどの心の傷を負った彼が、どこへ向かったのか。そして、生徒たちはどうしたのか。それは実際に映画を観てもらいたいが、困難にもめげず前へ進もうとする生徒たちの姿に素直に感動させられた。思わず涙腺が緩んでしまった。
フアレス役のエウヘニオ・デルベスは、「コーダ あいのうた」で音楽教師役を務めていたとのこと。熱い思いで生徒に全力でぶつかるその姿が印象に残る。生徒役の子供たちも見事な演技だった。
この映画で描かれているのは、まさしく理想の教育だろう。それが嘘くさくなく説得力を持って受け止められるのは、実話であるのと同時に、ドラマの力によるものだ。教育の本質を問う良作である。
◆「型破りな教室」(RADICAL)
(2023年 メキシコ)(上映時間2時間5分)
監督・脚本:クリストファー・ザラ
出演:エウヘニオ・デルベス、ダニエル・ハダッド、ヒルベルト・バラーサ、ジェニファー・トレホ、ミア・フェルナンダ・ソリス、ダニーロ・グアルディオラ
*ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームページ https://katayaburiclass.com/
●鑑賞データ
2024年12月20日(金)新宿武蔵野館にて。午後2時20分より鑑賞(スクリーン1/C-8)