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【映画レビュー】『恋脳Experiment』
恋愛依存の女性の「気づき」を大胆かつ自由に描く。粗削りだが才能を感じさせる一作
ぴあフィルムフェスティバル(PFF)は、長年にわたって映画界の新しい才能を発掘してきた歴史ある映画祭である。
そのPFFで、短編アニメーション「Journey to the 母性の目覚め」でPFFアワード2021審査員特別賞を受賞したのが岡田詩歌監督。東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻を修了し主にアニメ畑で活躍して来た彼女が、PFFスカラシップ作品として送り出したのは、意外にもアニメではなく実写長編映画「恋脳Experiment」だ。
あらすじ
子供の頃から素敵な異性との出会いに憧れてきた山田仕草。中学生の仕草(大月美里果)は「恋をするとかわいくなれる」という噂を耳にして、同じ塾の男子に告白して付き合うようになったものの、思うようにいかない。数年後、美大生になった仕草(祷キララ)は、同じ大学の佐伯(平井亜門)と付き合うが、「卒業制作に集中したい」と一方的に別れを告げられる。その後、社会人になって、優しく思いやりのある金子(中島歩)と出会い付き合うのだが……。
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いくつかのパートで構成されたドラマだ。タイトル前の最初のパートが印象的。幼い仕草が王子様とお姫様らしき人形でおままごとをしている。それを母親がにこやかに見ている。これがその後の成長した彼女のドラマを象徴する。
中学生になった仕草は、「恋をするとかわいくなれる」という噂を耳にして恋をしようとする。すると塾からの帰り道、同じ塾に通う晴人と女子がケンカをしているのを見かける。特に好きでもなかった晴人だが、仕草は「もしよかったら私と付き合ってください!」と告白して付き合うようになる。要するに、何でもいいから恋愛してみたかったのだ。だが、その恋は結局うまくいかない。
数年後、美大の学生になった仕草は、同じ美大の佐伯(平井亜門)という学生と付き合う。佐伯はコンテンポラリーダンスに情熱を注ぎ、ナルシストで何事も自分優先の人物だった。仕草の話にもろくに耳を傾けない。それでも彼に従う仕草。しかし、ある時、「卒業制作に集中したい」と一方的に別れを告げられる。
やがて就職して社会人になった仕草は、デザイン事務所で花形デザイナーの西川のもとで働く。西川は仕事はできたものの、パワハラ&セクハラ男だった。それでも必死についていく仕草。そんな時、休日に西川の家で開かれたホームパーティーでこきつかわれていた仕草に、西川の元同僚の金子が優しい言葉をかける。仕草は彼と付き合うようになる。だが、まさに理想的な恋人に見えた金子も、次第に馬脚を現すようになる。
というわけで、幼い頃から素敵な異性との出会いを夢見て、恋愛依存になっていた仕草の様々な恋愛の空回りや失敗を、コミカルかつ軽快に描いたのが本作だ。特に中盤以降の展開は笑いっぱなしだった。
仕草は金子と山に登る。張り切って 握ったおにぎりを持参していたが、金子は梅干しの入ったおにぎりが食べられないという。そこから2人はケンカして、おにぎりは仕草が一人で食べる。金子は同じく仕草が作ってきた唐揚げを食べる。すると金子は腹具合が悪くなってしまいアラアラアラ……。
続いて場面が変わって、なぜかのど自慢大会の場面。司会に紹介されて仕草が登場し、岡村靖幸の「カルアミルク」を絶唱する。まるで、これまでの恋愛で溜まった鬱憤を晴らすかのように。
続いてまた場面が変わって、金子と友人がラーメン屋で並んで会話をする。話の内容は、「女はこうあるべきだ」的な勝手な言い分の連続。それに怒った女店員がチャーハンにある細工をする。いや、それはまずいでしょう(笑)。
このあたり、爆笑の連続なのだ。おまけに、その後に登場するのはなんと仕草の葬式。本人は生きているから生前葬というわけか。そこでの現代アート風の展示がまたまた爆笑。
岡田監督はこうした笑いの要素だけでなく、ファンタジックなシーンや、果てはアニメまで登場させるなどやりたい放題。スカラシップ作品らしく大胆かつ自由に作品を構築する。
それでも主張は明確だ。男らしさ、女らしさといった固定観念や男の身勝手さ、恋愛における権力勾配などを浮き彫りにする。それを無意識のうちに認めてひたすら恋愛に走る仕草の恋愛依存も明確にする。観ているこちらは「アホやなコイツら」と思いつつ、「けっこうリアルかも」とも思ってしまう。
最近は、昔ほど男女の差や結婚、恋愛などが意識されなくなっているとは言うものの、根本のところではたいして変わっていないのかもしれない。相変わらず女性誌等では「恋愛って素敵!」みたいな話が語られるし、日本の歌のほとんどは恋愛ソングだ。恋愛ってそんなに大事なのか? そんな風潮にケンカを売っているわけではないだろうが、「そればかりにとらわれるのはどうなのよ?」と疑問を呈しているのがこの映画かもしれない。
まあ、恋愛すれば誰でも最初は、無理してでも相手に合わせようとするものだけど、ずっとそれじゃ自分を失くしてしまうよねぇ。
映画のラストで、仕草は再会した佐伯の演劇の授業で踊る。最初はたどたどしく踊るが、最後は力強くステップを踏む。それもたった一人で。そこに自身の過去の恋愛依存体質に気付いて、それとは違う生き方をしようとする彼女の意志を感じた。
主演の祷キララは、「サマーフィルムにのって」「やまぶき」などで印象的な演技を見せてきた。本作でも、なかなか素晴らしい演技を見せている。彼女の歌う「カルアミルク」のブチ切れ方は最高! 中学生時代の仕草を演じた大月美里果、彼女を翻弄する役どころの平井亜門、中島歩なども健闘。
相当に粗削りだし、首をかしげるところもないではないが、新人監督らしい自由な作品で映画を撮る動機も明確。岡田監督の今後の作品に注目したい。
◆「恋脳Experiment」
(2023年 日本)(上映時間1時間50分)
監督・脚本:岡田詩歌
出演:祷キララ、平井亜門、中島歩、河井青葉、大月美里果、佐藤和太、二見悠、中山雄斗、門田宗大、関谷翼、小林リュージュ、小野まりえ、川郷司駿平、佐藤京、中島多羅
*新宿シネマカリテほかにて公開中
鑑賞データ
2025年2月27日(木)新宿シネマカリテにて。午後2時30分より鑑賞(スクリーン2/B-2)