
【映画レビュー】『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』
友人の安楽死に寄り添う小説家。アルモドバル監督が捉えた「死」
「オール・アバウト・マイ・マザー」「ペイン・アンド・グローリー」など自身の人生を投影した作品で知られるスペインの名匠ペドロ・アルモドバル監督。新作の「ザ・ルーム・ネクスト・ドア」では人生の終末を描いている。初の長編英語劇で(過去に短編英語劇「ヒューマン・ボイス」は撮っているが)、2024年の第81回ベネチア国際映画祭で最高賞の金獅子賞を受賞した。
あらすじ
小説家のイングリッド(ジュリアン・ムーア)は、かつての親友で元戦場ジャーナリストのマーサ(ティルダ・スウィントン)が末期がんだと知る。病院で久々に再会した2人は、様々なことを語り合う。まもなく、マーサは治療を拒み自ら命を終わらせると決意し、イングリッドに寄り添ってくれるように頼む。悩んだ末に依頼を引き受けたイングリッドは、マーサが借りた森の中の家で暮らし始める。マーサはイングリッドに「自分の部屋のドアが閉まっていたら、私はもうこの世にはいない」と告げる……。

このドラマに、ド直球の感動物語を期待すると裏切られるかもしれない。アルモドバル監督は、次々に変化球を投げ込んでくる。
まず序盤は、病院に見舞いに行ったイングリッドとマーサの間で、様々な思い出話が繰り広げられる。そこではマーサの娘の出生の秘密に絡めて、若き日のマーサの回想が描かれる。マーサはある男性と恋に落ちるが、彼はベトナムに出征し、帰国後は別人のようになっていた。その男性との関係を中心に情感あふれる回想ドラマが展開する。マーサが戦場ジャーナリストだった頃の、イラクでのエピソードなども描かれる。
その後、マーサは安楽死を望み、イングリッドに寄り添ってくれるように頼むわけだが、実はその依頼をしたのは彼女が最初ではない。他の何人かに頼んだものの断られて、仕方なくイングリッドに頼んだのだ。
それを受けてイングリッドも最初は断ろうとするが、なぜか引き受けてしまう。それは友情ゆえなのか、はたまた作家としての興味からなのか。
シリアスな話なのに、思わず笑ってしまうようなエピソードもある。安楽死のために森の中の家に引っ越してきた早々、マーサは「自殺用の薬を忘れた!」と言って、慌てて自宅に戻って必死で探すのだ。いくら裏サイトで入手した違法な薬だと言っても、その慌てぶりは何だか笑える。
また、2人以外にも個性的な人物が登場するのも面白いところ。かつてのマーサの恋人で、その後イングリッドとも親しい仲になったダミアン(ジョン・タトゥーロ)だ。最近、イングリッドと再会したという彼は、何度か彼女の前に顔を出し相談に乗る。そこでは彼が未来に絶望していることが語られる。
アルモドバル監督の映画は、美術の美しさでも知られるが、本作でもそれは健在だ。2人の衣装や家の内装、壁にかけられた絵などの鮮やかな色彩が目につく。デザインも斬新だ。イングリッドとマーサが見る映画が、ジョン・ヒューストン監督がジェームズ・ジョイスの小説を映画化した遺作「ザ・デッド/「ダブリン市民」より」だというのも何だか意味深。
というわけで、様々な要素がある映画だが、そうした中でイングリッドとマーサの心も様々に変化する。死を決意しつつも心乱れるマーサ。それを見守るイングリッドの心も揺れ動く。
それを巧みに表現しているのが、「フィクサー」でアカデミー助演女優賞を受賞し、アルモドバルの短編英語劇「ヒューマン・ボイス」にも主演したティルダ・スウィントンと、「アリスのままで」でアカデミー主演女優賞を受賞したジュリアン・ムーア。当代きっての演技派の2人が、実に細やかな感情を表現する。
終盤もけっして一筋縄とはいかない。また新たなクセモノが登場してドラマに波乱をもたらし、最後には予想外の登場人物まで現れる(こ、これは……)。
「死」を描いた映画というと暗く、重たいイメージがあるが、本作はそれとはやや違って明るさや穏やかさを感じさせもする。もちろん死は厳粛であり悲しい出来事であるが、それだけではない。アルモドバル監督の死に対する考えがそこにあるのだろう。いずれにしても心を揺さぶる映画だった。
◆「ザ・ルーム・ネクスト・ドア」(THE ROOM NEXT DOOR)
(2024年 スペイン)(上映時間1時間47分)
監督・脚本:ペドロ・アルモドバル
出演:ティルダ・スウィントン、ジュリアン・ムーア、ジョン・タトゥーロ、アレッサンドロ・ニヴォラ
*ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中
*ホームページ https://warnerbros.co.jp/movies/detail.php?title_id=59643&c=1
●鑑賞データ
2025年2月19日(水)ヒューマントラストシネマ有楽町にて。午後6時30分より鑑賞(シアター1/D-12)