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【映画レビュー】『ステラ ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女』

彼女は加害者なのか、被害者なのか。あなたならどうする?

その昔、いしだあゆみの「あなたならどうする」という歌があったが(古い!)、まさしく「あなたならどうする?」と鋭く観客に問いかけてくる映画が、「ステラ ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女」である。ナチスの密告者となったユダヤ人女性の実話をもとに描いたドラマだ。


あらすじ
1940 年、ベルリン。18歳のユダヤ人女性、ステラ・ゴルトシュラーク(パウラ・ベーア)は、アメリカに渡ってジャズシンガーになる夢を見ていた。だが、3年後、工場で強制労働をさせられていた彼女の周囲では、アウシュヴィッツへ送られる同胞が出始め、多くの仲間が隠れて生活するようになる。そんな中、ステラはユダヤ人向けの偽造パスポートを販売するロルフと出会い、恋に落ちる。ロルフの手伝いをしながら、自由に街中を歩きまわっていたステラだが、ある日、ついにゲシュタポに逮捕されてとしまう。アウシュヴィッツ行きを免れるために、隠れて暮らすユダヤ人の逮捕に協力するようになるステラだったが……。


新宿武蔵野館にて鑑賞

冒頭からしばらくはキラキラした青春の日々が描かれる。ジャズ歌手を夢見るステラが、仲間たちとバンドを組んで練習したり、ステージに上がったりする。実際にジャズのスタンダードナンバーを演奏したりもする(「シング・シング・シング」など)。

そこでのステラは笑顔にあふれている。仲間たちとともに青春を謳歌している。恋人的な男友達もいて湖畔でデートしたりもする。

だが、その反面、ユダヤ人迫害の話が彼女の耳にも届く。だが、それはまだそれほど現実感のない話だった。

そして、場面はいきなり3年後の1943年に飛ぶ。ステラは夢だったアメリカに渡るどころか、地味な作業服を着せられ、工場で強制労働させられている。それまでとは対照的な場面だ。ユダヤ人の迫害も深刻化し、アウシュヴィッツへ送られる同胞も出始める。すでに結婚していたステラの夫も、どこかへ連れていかれる。ステラや家族はあわやのところで逃げだし、隠れて生活するようになる。当然、ステラの表情は暗い。

だが、ここからがステラの本領発揮だ。彼女は潜伏生活を送ることに耐えられず、街へ出かける。そこでロルフという青年と出会い恋に落ちる。ロルフはユダヤ人向けの偽造パスポートを販売していた。ステラも彼に協力して偽造パスポートを販売する。同じユダヤ人の友人に対して高額を請求するのだ。ここに、ステラのたくましさとしたたかさが象徴されている。ステラはドイツ軍の兵士とも関係を持ち、便宜を図ってもらう。

ところが、自由に街中を歩きまわっていたステラは、ある日、ゲシュタポに目をつけられて逮捕されてしまう。そこで待っているのはひどい拷問だ。ステラは全身を蹴られ、血だらけになってしまう。ゲシュタポは仲間の情報を欲しがった。アウシュヴィッツ送りをちらつかせ、彼らはステラに迫る。ステラは必死で命乞いをする。

ステラは命を助けられる代わりに、ユダヤ人の逮捕に協力することになる。いわばスパイだ。そういう仲間はたくさんいた。彼らとともに、最初は嫌々ながら協力するステラ。だが、次第に積極的にユダヤ人摘発の片棒を担ぐようになる。その時の彼女の顔は、もはや自信にあふれ、何も罪悪感を感じていないようだった。

その後は戦後の1957年に、裁判にかけられたステラが映る。そして、最後は晩年の彼女の姿が映し出される。

テロ事件の犠牲者遺族の心の軌跡を追った「ぼくは君たちを憎まないことにした」で知られるキリアン・リートホーフ監督は、鮮烈な映像を次々に送り出し、ドラマにリアルさを醸し出すことに成功している。

だが、それ以上に印象的なのは、ステラを「被害者」でもあり、「加害者」でもある人物として描いた視点だ。壮絶な拷問の様子を見せて、「ステラがああいう道を選択するのは仕方なかったんだ」と印象付ける一方で、ステラがその仕事にやりがいを感じているように見せて、彼女の加害者の側面も強調する。

最も印象深いのは、ステラが自己弁護に終始していることだ。「仕方なかった。自分は間違っていない」。彼女は堂々とそう主張している。「せめて謝罪すべきだ」という友人の言葉にも耳を貸さない。

リートホーフ監督は明確にステラを断罪しない。その代わり、「もしもあなたがステラの立場だったらどうしたのか?」と観客に鋭い問いを投げかけてくるのだ。

さすがに彼女の波乱の人生を約2時間の映画に刻み付けるのは難しかったらしく、時には端折りすぎだと思わせるところもある。だが、それをあまり意識させないのは、主演のパウラ・ベーアの演技によるところが大きい。「水を抱く女」で第70回ベルリン国際映画祭最優秀女優賞を受賞した彼女が、本作でも迫真の演技を披露しているおかげで、臨場感たっぷりのドラマに仕上がっている。

ステラをどうとらえるかは人それぞれだろう。だが、ナチスの蛮行がなければあんなことにならなかったわけで、その罪深さがいっそう際立つ。それが伝わってくる映画だった。

◆「ステラ ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女」(STELLA. EIN LEBEN.)
(2023年 ドイツ・オーストリア・スイス・イギリス)(上映時間2時間1分)
監督:キリアン・リートホーフ
出演:パウラ・ベーア、ヤニス・ニーヴーナー、カッチャ・リーマン、ルーカス・ミコ、ベキム・ラティフィ、ジョエル・バズマン、ダミアン・ハルドン、ゲアディ・ツィント、メイヴ・メテルカ
*新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中
ホームぺージ 
https://klockworx.com/movies/stella/

●鑑賞データ
2025年2月17日(月)新宿武蔵野館にて。午後2時25分より鑑賞(スクリーン2/B-6)


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