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【映画レビュー】『太陽と桃の歌』
美しい映像で綴られる大家族のドラマ。農業が直面する問題を鋭くえぐり出す
農家を取り巻く状況が厳しいのは、世界中どこでも同じようだ。スペインのカタルーニャ地方を舞台にした大家族のドラマ「太陽と桃の歌」を観てそう思った。
あらすじ
スペインのカタルーニャで、三世代に渡って大家族で桃農園を営むソレ家。収穫期を迎えた彼らに衝撃が走る。彼らの農地は地主から借りているもの。その地主から夏の終わりに土地を明け渡すように通達されたのだ。地主はそこの桃の木を伐採してソーラーパネルを設置するという。地主は代わりにパネルの管理をする仕事を依頼する。頑固者の父キメット(ジョルディ・プジョル・ドルセ)は、それを聞いて激怒するが、母と妹夫婦はパネルの管理をすれば楽に稼げるという話に心を動かされる……。
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大家族のドラマだが、家族構成などの詳しい説明はない。それゆえ、最初は混乱してしまった。だいたいのところは観ているうちにわかってきたのだが、この映画のホームページに家族構成図が載っているので、それを事前に見ておいた方がいいかもしれない。
映画のオープニングは、子供たちが車の中で無邪気に遊ぶシーン。貯水池のそばに捨てられた車らしい。ところが、彼らは車から追い出され、車はどこかに移動されてしまう。このドラマの行く末を暗示させるシーンだ。
まもなく、一家は契約書を探す。農地を借用していることを証明する書類だ。だが、祖父はそんなものはないという。口約束だけで農地を借りていたのだ。
こうして、地主による農地明け渡しの通達に対抗するすべもない一家は、混乱し、対立を繰り返し、バラバラになっていく。
2017年の長編デビュー作「悲しみに、こんにちは」が世界的に高く評価されたスペインのカルラ・シモン監督は、そんな家族の姿を徹底してリアルに映し出す。詩情あふれる美しい映像で、淡々と彼らの日常をスケッチする。そこから、家族それぞれの揺れ動く心が伝わってくる。
祖父は病身を押して、何とか土地を守ろうと彼なりに努力する。父はまったく取り付く島もなく、不機嫌を隠そうともしない。一方、母と妹夫婦はまずは生活を成り立たせることが先だと考える。
特徴的なのは、冒頭にもあったように子供たちを巧みに使っているところ。キメットの幼い娘、やんちゃなイリス(アイネット・ジョウノウ)や双子のいとこなどが、無邪気に元気よく走り回る。それが、なおさら大人たちの深刻な状況を際立たせる。その深刻な状況は、子供たちにも様々な形で影を落とす。
年頃の長男や長女ともなれば、なおさら大きな影響が現れる。長男は資金稼ぎに畑の片隅で大麻栽培を始める。だが、それが挫折した時、自暴自棄になってしまう。家族がバラバラになるところを目撃した長女は、不満をあらわにする。
もちろん暗いばかりの映画ではない。カタルーニャの陽光はまぶしく、そのもとで収穫にあたる人々の姿を生き生きと映す。家族がバーベキューを楽しむ場面もある。だが、そういう明るいシーンにも、まもなく土地を奪われるという事実がチラリと顔を覗かせる。その光と影の対比が見事だ。
殊更に大事件が起きるわけではない。ハリウッドのアクション映画なら、激怒した父が地主を襲ったりするのだろうが、そんなことは起きない。あくまでも日常をリアルに描き出す。それだけにやや冗長に感じられる部分もないわけではないが……。
驚いたのは演じているのがプロの俳優ではなく、地元の普通の人々だということ。それにしては達者な演技だが、なるほどそこに嘘は感じられない。それもまたこのドラマのリアルさを増幅させて、ドラマに深みをもたらしている。
終盤、祭りの場面。長男と長女はうっ憤を晴らすようにはしゃぐ。翌朝、妹夫婦に送られてきた長男に父が文句を言う。そこで、母が長男ばかりか、父にも平手打ちをくらわすシーンが秀逸。「あんたたち、しっかりしないよ」。そう言っているかのようだった。
その後、父と長男は農家によるデモに参加する。それは農作物を安く買いたたく卸売業者に抗議するデモだった。それまで父はデモに参加することを拒否してきた。その心変わりは、農家としての自らのアイデンティティを確認するためなのか。
そして、ラストシーン。和気あいあいとした家族の姿に心が和むが、そこには工事の騒音が聞こえている。やがてそれは森林を伐採するショベルカーの音だとわかる。おそらくソーラーパネルを設置するものなのだろう。家族はじっとそれを見つめている。観ていて何ともやるせない気持ちになる。彼らの未来に思いをはせずにはいられない余韻の残るラストだった。
ある大家族の姿を通して、農家の厳しい現状に疑問を呈したドラマだ。2022年・第72回ベルリン国際映画祭で最高賞にあたる金熊賞に輝いた。
◆「太陽と桃の歌」(ALCARRAS)
(2022年 スペイン・イタリア)(上映時間2時間1分)
監督:カルラ・シモン
出演:ジュゼップ・アバッド、ジョルディ・ プジョル・ ドルセ、アンナ・ オティン、アルベルト・ボスク、シェニア・ ロゼット、アイネット・ジョウノウ、モンセ・オロ、カルレス・ カボス、ベルタ・ピポ、ジョエル・ロビラ、イザック・ロビラ、エルナ・フォルゲラ、アントニア・カステイス
* TOHOシネマズ シャンテほかにて公開中
ホームページ https://taiyou-momo.com/
●鑑賞データ
2024年12月18日(水)TOHOシネマズ シャンテにて。午後7時より鑑賞(スクリーン1/C-9)