共にじゃない
姉と世間話ほどしかない会話から
何の流れか学生の頃の話になった
私には強烈な記憶がいくつもあり
ひとつは成績に関することだった
私は比較的優等生だったと思う
体育だけはてんでダメだったが
試験の総合順位はいつも1桁で
地元の高校ならどこでも行ける
早い段階からそう言われていた
ただムラがあると二年の時に言われ
これが受験当日に出たら困るよねと
当時の担任は危惧していたくらいに
私本人が成績についてはどこまでも
無関心で無頓着で貪欲さがなかった
三年になってそれまでの成績傾向を
全く関知していなかった担任になり
ちょうど初めて順位が2桁になった
本人はやはり問題に思わなかったが
両親はなぜかひどく怒り私を叱った
200人中9人以内に入っていたのが
40人以内になっただけのことなのに
何をそんなに怒っているのだろうかと
終わったことをあれこれ言われてもと
理不尽さを感じながらもひたすらその
怒りを浴びるのに耐えるしかなかった
姉はそこまで成績が良くなかった
私が取った順位をもし姉が取れば
両親に手放しで褒められただろう
彼女自身もそれに同意していたが
姉はコンプレックスだったのかも
自分だけどうも成績が良くないと
彼女は私とその話を30年もたった今になって
共有することをどう感じていたのだろうと思う
お互いに連帯意識を持てたと思ったのだろうか
私からしてみればそれは一生涯到底無理な話だ
共通体験でも共有不能なことがあるのだ
成績優秀だったわたしと
そうでもなかった姉とが
同じ種類の理不尽を抱え
今も根に持っていたとて
決定的に違うことが横たわっている
私は一度家族を離れることを選んで
姉は一度も家族から離れず過ごした
私は許せない人たちと共に暮らせず
姉は折り合いをつけながら暮らせた
共に分かち合うことなどできない問題が
二度と交わらない埋まらない差がそこに
共通体験でも共有不能なことがあるのだ