古事記考察⑥オオタタネコとオオミワノ大神
※こちらの古事記考察は独自解釈になります。
≪ここまでの流れ≫
アマテラス国、ツクヨミ国、スサノオ国ができた。
六代天皇はアマテラス国の天押帯日子命の娘を娶り、十代天皇はツクヨミ国の大毘古命の娘を娶った。次は十一代天皇がスサノオ国の日子坐王の娘を娶ることになる。
十一代以降の天皇の婚姻を見ると次のようになっている。
十一代天皇が日子坐王の娘・サホビメ命を娶るが、サホビメ命は亡くなり、その子・ホムツワケ命は口がきけず天皇になれなかった。十一代天皇は日子坐王の孫娘・ヒバスヒメ命を娶り、その子が十二代天皇となる。
十二代天皇の事績は、ほとんどが子のヤマトタケルの話であるが、ヤマトタケルは天皇にはなっていない。だが、ヤマトタケルの子は十四代天皇になっている。つまり十二代天皇と十四代天皇を繋ぐのはヤマトタケル命だ。十三代天皇は十二代天皇の子であるが、系譜の繋がりからは外れている。
十四代天皇が日子坐王の子孫である息長帯日売命を娶る。
この間には、やたらと不自然なことが多い。口がきけなかったというホムツワケ命。サホビメは亡くなってしまったが、同じく日子坐王の血筋の娘であるヒバスヒメ命の子は十二代天皇になった。それなのに、さらに息長帯日売命を娶る理由は何なのか。そして不自然なヤマトタケル命の存在は何を意味するのか。
まずは、なぜヒバスヒメ命ではダメだったのか、について考えてみる。
考えられる理由のひとつは血筋だ。
十一代天皇が娶った日子坐王の孫娘・ヒバスヒメ命は、日子坐王の子・「丹波比古多々須美知能宇斯王」の娘である。
一方で、息長帯日売命に繋がるのは、日子坐王の子・「山代大筒木真若王」だ。
このことから、日子坐王のあと、王の血筋が山代大筒木真若王に引き継がれたために婚姻をやり直した、という推測ができる。
理由はもうひとつ考えられる。スサノオ国を治めるには、スサノオ国で生まれ育つ必要があり、そのためにスサノオ国の女性を娶る必要があったのではないか、ということだ。
日子坐王がスサノオ国の女性を娶って生まれた娘がサホビメ命だったと仮定しよう。
天皇がサホビメ命を娶れば、その子・ホムツワケ命はスサノオ国で生まれ育つことになる。しかしサホビメ命は子を産んですぐに亡くなってしまった。母を亡くしたホムツワケ命は、スサノオ国で育たなかったため、その国の言葉を学べなかった。これがホムツワケ命が『口がきけなかった』とされる理由ではないだろうか。
天皇が現地の女性を娶る理由は単なる姻戚関係でなく、天皇がその国で生まれ育つことに意味があった。だから日子坐王の血筋の娘ではあるが、ヒバスヒメ命ではサホビメ命の代わりにはなれず、息長帯日売命との婚姻が必要だったのだ。
スサノオ国を治められないホムツワケ命の代わりに選ばれたのが、山代大筒木真若王だ。山代大筒木真若王の母は日子坐王の母の妹のオケツヒメ命、すなわち『アメ』一族だ。
ここでも、スサノオ国を治めるためにアマテラス国に相談し、協力してもらったことになる。
山代大筒木真若王の話は、十代天皇の事績に分かりにくい形で書かれている。それが「意富多多泥古(オオタタネコ)」の話だ。
オオタタネコとは、十代天皇が疫病の流行を心配した際に、夢に現れた大物主大神の指示で、オオタタネコが神主となり、御諸山にオオミワノ大神を祀ることで国が治まった、という話だ。
疫病の流行があったというから、サホビメ命の死は病死だったということだろう。サホビメ命の死により、ホムツワケ命はスサノオ国を治めることができなかった。
そこで名前が挙がったのがオオタタネコだ。
オオタタネコは自分の系譜を次のように語っている。
『大物主が陶津耳の娘・活玉依毘売を娶って生まれた子が櫛御方命、その子が飯肩巣見命、その子が建甕槌命、その子がオオタタネコである』
オオタタネコが山代大筒木真若王とすれば、日子坐王が建甕槌命、九代天皇が飯肩巣見命、八代天皇が櫛御方命となり、大物主は七代天皇、活玉依毘売は細比売だ。
【十市】の細比売と七代天皇を祖とし、先代の日子坐王を父に持つ山代大筒木真若王は、スサノオ国を治めるのに適任と言える。
しかし、このとき山代大筒木真若王はすでに高齢だったのだろう。スサノオ国の女性を娶る役割は、山代大筒木真若王の孫・「息長宿禰王」に委ねられた。息長宿禰王はスサノオ国の女性を娶り、娘を得た。それが「息長帯日売命」だ。
記述によれば、オオタタネコは神主として、オオミワノ大神を御諸山(三輪山)に祀ったという。
必要なのはスサノオ国で育った天皇の子であり、求められているのはその母となる女性だ。御諸山に祀られたオオミワノ大神は、息長帯日売命と考えられる。
御諸山は、大国主とスクナビコナ神の話にも出てくる。
神産巣日神の子・スクナビコナ神は大国主の元へやってきて、ともに国作りをする。スクナビコナ神がいなくなった後、国作りに困った大国主の元へ海を照らしてやってくる神がいて、大国主はその神を御諸山に祀ったという話だ。
大国主が十代天皇、スクナビコナ神が日子坐王だろう。十代天皇と日子坐王はどちらも九代天皇の子であるから、ともに国作りをしたという状況も納得がいく。
そして日子坐王がいなくなった後にやってきた神は御諸山に祀られたということから、この神はオオミワノ大神、すなわち息長帯日売命だったと思われる。
しかし、ここで疑問が生じる。
スサノオ国で生まれたはずの息長帯日売命が、なぜ海を渡ってやってきたのだろうか。女性は移動しないという仮説とも、スサノオ国で子を生むために息長帯日売命と婚姻したという考察とも一致しない。
息長帯日売命には、まだ謎がある。
【続く】