「哲学対話」が今、必要になっている理由
「哲学が好きで・・」と言っては人に避けられてきた。
しかし今ここにきて「哲学」の重要性が高まってきている。
「哲学対話」はしばらく流行ると思う。
おそらくソクラテスの問答がベースになっていると思うんだけど
ちなみに私はこの「ソクラテスの問答」を利用したコーチングが得意なので興味のある方はぜひ!
持論としては、「幸せ」の定義が揺らいできたこの時代に「哲学」(もっと言えば「宗教」)はかなり重要視されてくると思う。
自分の頭で考えて「幸せ」を創り出さないといけない時代だから。
収入とか学歴とかとか目に見える、数値化されたもので幸せが構築されなくなってしまったので、自分の中での指標が必要になる。
これくらいの頃から、「人と対話する」ことを学べる人間は強いだろうな。
少なくとも、意見が異なる人間と対峙したときに「気まずい」と思ったりはしないだろう。
「なんでそう思うの?私と考えが違うんだけど」←これは批判ではなく対話の幕開けなのだが、だいたいここで会話が終了となることが多い。
このシリーズの次回では、考えることは生徒だけでなく、子どもを縛る側にいる大人にこそ必要だという論になる。
古くから言い伝えられる「校則」の前に思考停止している大人に育てられた子どもが、物事を考えられないのを子どものせいにするのはお門違いだ。
今は年齢関係なく「考える」必要のある時代にきている。
昭和で構築された思想は平成で否定され、令和ではそれにとって代わる思想が打ち立てられることになるだろう。
「考える」ようになった人間たちによって。