アニメ映画『犬王』の中の演目「腕塚」の題材になった平家の武将、平忠度。 能「忠度」は世阿弥の自信作!
平忠度は平清盛の末弟で、誉れ高い武士として、また優れた歌人としても有名な武将でした。
『平家物語』には、忠度が歌の師匠である藤原俊成(ふじわらのしゅんぜい)卿に自分の和歌を託したものの、平家が朝敵になったことから、俊成が編んだ『千載和歌集(せんざいわかしゅう)』に「読み人知らず」として載ることになった話(忠度都落)や、源氏の岡部忠澄(おかべただずみ)が忠度を討ち取りますが、箙(えびら・弓を収納する箱状の入れ物)に結び付けられた和歌から、自分が斬ったのは大将平忠度だと知り、敵も味方も文武両道の忠度の討ち死にに涙を流したという話(忠度最期)が載っています。
『犬王』では、忠度は腕を斬られ首も落とされたという、激しい戦いのシーンを表現していましたね(原作、古川日出男氏『平家物語 犬王の巻』〔河出書房新社〕では、「腕塚」(小説内の架空の能です)の舞台進行も描かれていました。まだ読まれていない方はぜひ!)
能「忠度」では、勇ましい武将としてのシーンも描かれますが、あくまで雅びな歌人としての側面が描かれます。
能にはこの歌が何度も詠まれ、忠度が討ち取られた須磨の地の名物「若木(わかぎ)の桜」とリンクするように作られています。
忠度の霊を弔うワキの僧は、俊成の弟子という設定です。忠度は「和歌の作者名を入れてもらいたい。俊成の子・藤原定家にそう伝えてくれ」と頼みます。
忠度の和歌への深い愛を感じることができ、修羅道に落ちた苦しみを中心に描くのとは一味違う、優美な雰囲気が漂う演目となっています。
なお、他にも、忠度をシテとする「俊成忠度」という曲があり、こちらはツレが俊成、忠度を討った岡部がワキです。
能『忠度』は世阿弥の自信作と言われています。
世阿弥は『申楽談儀』の中で、
と、「忠度」が一番良いと伝えています。
また、世阿弥が能の作り方について書いた『三道』には
と記されています。
「平家」とは書物としての『平家物語』ではなく、琵琶の伴奏で語る語り物のことです。
世阿弥はこの「平家」で語られる人物像を大切にした、ということです。
この時代は『犬王』でもあったように、芸能で平家の武士の魂を鎮めようという気持ちが強かったのかもしれませんね。
ちなみに、狂言には、忠度が薩摩守(さつまのかみ)とも呼ばれたことから、忠度をモチーフにした「薩摩守(さつまのかみ)」という演目があります。「ただのり=タダ乗り」という秀句(ダジャレ)が活かされた演目です。
狂言にも『平家物語』をモチーフにした作品がありますが、どれも狂言らしく、笑いの中で武将たちが後世に伝えられています。