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「勝ち組」の僕。
僕はいわゆる「勝ち組」だと思う。
何不自由なく生活ができる家庭に生まれて、これが欲しいと言えば両親や祖父母が買い与えてくれ、特に勉強も不得意ではなかった僕は推薦でするすると進学先も決まり、そこそこ有名な企業に就職した。
休みの日には友人と遊びにでかけたり、プライベートも充実している。
職場の同僚とも仲が良く、最近では上司との飲み会なんて行きたくないなんて声もあるが僕は割と上司ウケもいいようで、ちょっと調子よく話すだけでうまい飯を食わせてもらえるのなら、僕には何の苦にもならない。
正直、人生において大きな問題に直面したこともないし、昔は色々な悩みを抱える周りの人を見て大変だなぁと思ったり、自分にもいつかこういう局面が訪れるのだろうかなんて考えたりもしたが、今のところそんなことはまだ起こっていない。
だから、きっとそういうことなんだ。
前世の僕が得を積んでいてくれたのか、たまたま環境がよかったからかはわからないが、とにかく僕の人生は順風満帆だ。
何の不満もないし、特別何か努力をしたわけでもないがうまい具合にぽんぽんと道が続いていてここまで生きてきた。そしてこれからもそんな気がする。だから僕はきっと「勝ち組」なのだ。
ある日の週末、僕はいつも通り仕事を終え、大学時代の友人と飲みに出かけた。昔と変わらずくだらない話をして盛り上がり、頭を空っぽにして楽しめる居心地のいい一時。
いい具合に酔いながら、何人かで歩いて駅に向かっていると、ガード下の一角が目に入った。小さなテーブルの上に灯る「手」と書かれた行灯のような照明。
「あれ手相じゃない?」
「あ、お前そういうの信じるタイプ?」
「いや違うけど。ノリだよノリ。ちょっとやってみようぜ」
調子よく酔っ払った僕たちは半分冷やかしのような気持ちでテーブルについた。
勝手なイメージだがなんとなくこういう店をやっている人って結構年齢のいったおじさんやおばさんなのかななんて思っていたが、そこに座っていたのは比較的若く見える男性だった。
黒髪で前髪がだいぶ長く、顔はよく見えないがなんとなく「いかにも」というような風貌。
さっそく僕たちは順番に見てもらうことにした。
「あぁ、あなたはとても面倒見がいい人のようですね」
「えっそうすか?」
「えぇ、そのように見えます。しかしその分といってはなんですが、独占欲が強いかもしれません」
「ハハハ。独占欲だってよ!お前束縛するタイプ?」
「いや別にそんなことないと思うけど...」
それぞれ見てもらい、仲間うちでツッコミを入れたり笑ったりしながら話を聞く。そして僕の順番が回ってきた。
「お前はなんか大丈夫そうだよな〜」
「いやーどうかな。まぁ普通に平凡な感じだといいけど...」
そう言いつつも、僕はどこかで不思議な自信のようなものがあった。
だって僕は「勝ち組」なのだから。
今までの人生だってうまくまわってきた。だからきっとそういういい感じの結果がきっとこの手にも現れているに違いない。
そう思っていた。
「あなたは...あぁ、そうでしたか。あなたでしたか」
「え?」
周りの友人に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で男はぽつりと呟いた。
「手相、どういう感じなんですか?」
僕が尋ねると、男は何も答えずにそっと僕の差し出した手の平に自分の手を重ねあわせて答えた。
「これは手相ではありません」
「は?どういうことですか?」
「ずっと、探していましたよ。僕の"手"を持っていたのはあなただったんですね。やっと会えました。今まで、さぞよい人生だったことでしょう。あなたの手には私の分まで幸運が乗せられていましたから。でも、せっかくお会いできたので今度は僕がもらいますね」
「えっ、いやちょっと!」
一瞬で背筋が凍りついたような感覚になった僕は、瞬発的に男が上に乗せていた手をはらいのけた。
ふと見ると、自分の手の皺が心なしか薄っすら細くなった気がする。
いや、そんな馬鹿な。今の言葉に惑わされているだけだ。
「で、どうしますか?」
「え?」
「今あなたの手には何もありません。このまま0から始めるか、または僕がこれまで持っていたものをお渡ししましょうか。今までと比べると、あなたには少し大変な道かもしれませんけど。
でも...そうですね。どちらの方が大変ですかね。
少し辛くともやるべきことや困難が用意されている道と、なんにもない道。今まで自ら何かを考えることなくただ目の前にある人生を送ってきたあなたにとっては、どちらが生きやすいでしょうね。」
そう言って、男はゆっくりと顔を上げた。
長く垂れ下がっていた前髪がはらりと左右に分かれ、その奥が見える。
この目は。この鼻は。
そこにいたのは、紛れもなく僕だった。
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