ギルティ女史はプラダを着ない 〜創作大賞お仕事小説部門応募〜
「プラダを着ない悪魔」は、今日も猛スピードで仕事をこなしている。
いつもオフィスに到着する30分程前になると、私にメッセージが飛んでくる。今日到着してすぐにやりたいこと、揃えておくべき資料、飲みたいコーヒーの種類、気になるスタッフの動向。
私はそれを確認するや否や、彼女が到着するまでに鬼の速さで準備を整える。コーヒーは冷めてしまうのでドリップのスタートボタンを押す手前まで準備する。寒い日はカップも温め、好みの味をセット。
その間他のスタッフはコーヒーを入れることはできないが、私の動きと空気感で彼女の到着が近いことを察し、コーヒーメーカーには誰も近寄らなくなる。おのずとオフィス全体の空気も変わる。
オフィスの扉を開け、歩くと同時に背負っていたバッグと上着を一度に脱いで絡まりそうになる彼女から色々受け取る。そして最初に話し始めたことを耳に入れ、すぐさま揃えていた資料をその順に並べ直す。
基本的に質問をしてはいけない。
というかその隙はない。彼女の一挙一動を見て、右肘を浮かせたらその下には肘掛けがあるように、全てのことをセッティングしなければならない。
最初はハテナとパニックの連続だった。
わからないことは聞く。それが社会の常識であろうと思っていた私は、何も聞かずにおろおろするよりも臆せず聞くことの方が大切だと思っていた為、多少彼女がバタバタしていても隙を見てどんどん質問をした。
だってそうじゃなければ、次の一手が進められず「あなた、なに今までボサッとしてたのよ」となるのが目に見えていたからだ。
それでも、焦りすぎていたり上手く物事を精査できずに質問をしては、彼女から爆弾を投下されることもしばしばあった。
と言っても、怒鳴られたりするわけではない。
彼女は叱るのも諭すのも独特だ。
そんな私はある日、どうしても指示されたことの意味がわからず、それについて尋ねた。
すると彼女は忙しそうにタイピングをしていた手を止め、溜息をついてから私をまっすぐ見て、ゆっくりとこう言った。
「ねぇ、あなたが私にその質問をしてくるそのギルティ、わかる?」
えぇと、うん。
まず、ギルティの意味がわからない。
そして、"そのギルティ"とは。
私はそのキャッチーなフレーズに一瞬ぽかんとなりながらも彼女の威圧感に「す、すいません…」と小さくなり自分のデスクに戻った。
自席のパソコンでこっそり[ギルティ 意味]と調べると、罪、有罪、罪悪のような言葉が並ぶ。
なんとなく予想していた予想通りの意味に恐れおののきながら考える。
私はどうやら罪を犯したようだった。
私が彼女にその質問をするというその罪。
要するに彼女は、そんな質問で私の時間を割くあなたは有罪よと言っているのだ。そんなことを言われても、わからないものはわからないのでしょうがないじゃんと思ってしまうのだが、彼女の言うことは正しかった。
確かに私は、焦っている私のためだけに私のタイミングで私の知りたいことを聞こうとしていた。
相手の立場やタイミングを考えずに、自分の仕事の迅速な遂行のために彼女の時間を使っているのは確かだ。
彼女はきっとそのことを言っていたのだった。
何を聞いてもギルティギルティと言われるわけではない。
今明らかにバタバタしてるこのタイミングで、そんな私じゃなくてもわかるような初歩中の初歩のような質問を、時給換算するとこの中で一番高給であろう私の手をわざわざ止めて聞こうとするなんて、どれだけ浅はかで周りが見えてない、会社にとって不利益で罪深い奴なんだお前は。と彼女は言っていたのだ。
そのパワフルなワードで諭されたことがとてつもなく頭に残った私は、その日から"質問の質"についてよく考えてから聞くように心がけるとともに、彼女のことを友人などに話す際は、密かに"ギルティ女史"と呼ばせていただくことにした。
そしてここから、私の奮闘の日々が始まった。
第2話:「ギルティ女史との遭遇」
第3話:「ギルティ女史の決断」
第4話:「ギルティ女史の昼食」
第5話:「ギルティ女史と花瓶の花」
第6話:「ギルティ女史と桜前線」
第7話:「ギルティ女史とお見舞い」
第8話:「ギルティ女史の付箋と伏線」
第9話:「ギルティ女史と決壊した私」
第10話:「ギルティ女史と私の嘘」
第11話:「ギルティ女史の覚悟」
第12話:「ギルティ女史とマニュアル」
第13話:「ギルティ女史と働く女性」
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