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肩のピカチュウを眺めながら交わした別れのハグ


「ねぇねぇ見て!」


シェアメイトのトリニダード・トバゴ人が言った。
私が住んでいたシェアハウスは、老朽化により今はもうなくなってしまったのだが、そこがクローズになってしまう前に最後にシェアメイトとして入ってきたのが彼だった。


彼はがっしりとした体格でヒゲを生やし、見た感じはなかなか強面だったが、おとなしく穏やかな性格でその家のメンバーの中でで一番若かったため「みんなの弟」というような存在だった。

日本のゲームやアニメが大好きな彼の体には、さまざまなキャラクターのタトゥーが入っている。
そして新しいタトゥーを入れると、いつも嬉しそうに見せてくれた。

私が彼のタトゥーを見てわかったのは、ポケモンとボンバーマンくらいだ。
あまりゲームには詳しくないため、ボンバーマンってかなり昔のゲームじゃないの?と思っていたが今でもオンラインゲームなどがあるらしい。
その他にも、私にはわからないキャラクターやロゴが沢山並ぶ。彼はなかなかのマニアなようだった。


そんな彼と、久しぶりの再会をした。
私はそのシェアハウスを既に退去し別の家に住んでいたのだが、彼は取り壊しになるギリギリまでそこに住むことを望んでいた最後の住人だった。

そして、いよいよそんな彼も引っ越しをするという頃、たまたま私はそのハウスの近くに行く用事があり、家がなくなってしまう前にもう一度見ておきたいなと思い、彼に連絡を取った。


彼は家でちょうど引っ越しの準備をしていた。
訪れた家の中は、家具などはあの頃のまま置いてあるものの、住人がいなくなり少しこざっぱりとしていて、人の気配もなくなんだか寂しい気持ちになった。

そんな中、彼はいつものように嬉しそうに話す。

「ねぇねぇ見て!この前、また新しいのを入れたんだ!」

そう言って、自慢気にまくりあげられた彼の肩には褐色の肌の上、ふさふさとしたうぶ毛の奥にピカチュウが片足を上げて元気なポーズを取っていた。

「お、おぉ...。」

なかなか見ない光景である。
丸い肩周りに入れられていたせいか、平面で描かれているはずのピカチュウに、体毛が生えて3Dになったかのように見える。
少年のように目を輝かせて「どう?」と聞く彼に「毛が...」とはなんとなく言えなくて「いいねピカチュウ!これは私でもわかる有名なキャラだね。」と答えた。彼はいいでしょというように得意げににっこり笑った。


少し片付けを手伝いながら、なんてことない会話を交わす。
この家を出た後はどこに引っ越すのかと聞いたら、彼は一人暮らしをするという。

「でも家具とか、家電とか揃えるの大変じゃない?他のシェアハウスは探さなかったの?」

そう聞いた私に、彼は答えた。

「シェアハウスは嫌だったから、探してないんだ」

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