この中にお殿様はいらっしゃいますか? #毎週ショートショートnote
「殿!お召し物です」
追手の情報が入り、宿場の一室ですぐに身支度をする。こんなところで討たれるわけにはいかない。
敵襲に備えその辺の輩から衣を引っぺがし、幼子を抱いた女を連れてきた。これで冴えない平民の夫に見えるだろう。
その時、勢いよく襖が開いた。
「おや、部屋を間違えたようで...ん?なにやら変わった組み合わせですね...」
男が穏やかに言いながら、腰の刀に手をかける。
「ひっ」
女が叫びながら我が子を抱えた。
夫を演じ女の肩を抱く。見上げてきたその顔が母に見えた。
「いいかい、決して嘘だけはつくんじゃないよ。嘘は人からの信頼を失い、自分をも汚すんだから。たとえどれだけ偉くなっても、これだけは守りなさい」
幼い頃の記憶。田舎を捨て、一代でここまで成り上がってきた。なぜ今そんなことを思い出す。走馬灯だとでも?
「なんだ貴様!」
家臣の1人が凄むと、静かに男が言った。
「ことによっては、流れる血は少なく済みましょう」
すらりと抜かれた刀が行燈の火を吸って光る。
「さて、この中にお殿様はいらっしゃいますか?」
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