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ギルティ女史とお見舞い
今日も慌ただしいオフィス。
ギルティ女史はいつものように猛スピードで仕事をこなしている。
はずだったのだが、今日の彼女のオフィス到着予告メールは、いつもとは少し違っていた。
「親戚が入院している病院に立ち寄ってから行きます。あと1時間後くらい」
そんな心配になるメールを受け取りつつも、その後弾丸のように送られてくる昨日のあれはどうなってる?とか、着くまでにこれを用意しておいて!というメールに、いつも通りな様子がうかがえて少しだけ安心する。
そしてぴったり1時間後、彼女はバタバタとオフィスに現れた。
いつもの調子で、扉を開けるなり足早に歩きながら上着を脱ぐ。
私は急いで後を追いながらも「親戚の方は大丈夫ですか?」と聞いた。
「もう!それが超超超!大変だったのよ。叔父貴がもう長いこと入院してるんだけどね」
叔父貴、という言葉を久しぶり、いや初めて耳にしたかもしれない。
姉貴、兄貴もなかなか最近聞かないが、叔父貴というのはもっと耳馴染みがない。私はなんとなく昭和の漫画に出てきそうな、ちょっとやんちゃで軽快なおじさんを想像してしまった。
「結婚してないし一人身だからね、私と妹で面倒見てて。いつもは私が忙しいから妹が様子を見に行ってるんだけど。たまたま今日私が行ったら、なんだかもう、ちょっとボケてきちゃってるみたいなのよね。ものすごく元気なんだけど、もうとにかくイリュージョンがすごいの!」
ボケちゃった叔父貴のイリュージョンがすごい。
相変わらずパンチのあるワードセレクトをするギルティ女史。
彼女はとてつもなく急いでいたり興奮すると、英語と日本語をごちゃまぜにして話す癖があった。
海外での生活や仕事の経験も長かったせいか、英語が堪能な上にせっかちな彼女は、一番早く頭に浮かんだ単語が英語であろうと日本語であろうと、すぐさま口に出して伝えたいようだった。
近年、いわゆる"意識高い系"なんて言われるような人がアサイン、コミット、エビデンスなどの言葉を織り交ぜて話すことがあるが、はっきり言ってそんなのは序の口である。
日本語の方が明らかに短いのに「ねぇ!ちょっとneed your help!」と声をかけられたり、馴染みのない英単語や、日本では違う意味として浸透しているような単語が飛んでくることもあり、こちらはきょとんとなってしまうのだ。
ねぇちょっとneed your help!なんてキャッチー過ぎて、昔のヒットソングか何かにすら思えてくる。Romanticが止まらないのB面にでも入っていそうだ。
しかも、意味が合っているかどうかというよりは、とりあえず勢いでニュアンスを伝えているだけの時も多いため「ねぇ、これエマージェンシーでコピー!」なんてプリンターのメーカーか、コーヒーのサイズオーダーかのように、"緊急事態だから=早くして"という意図を伝達されることもしばしばある。瞬発力と英語力、想像力が必要だ。
ゴミ袋、ラップ、ジップロック、咄嗟に名前が出てこなかった場合は時としてクリアファイルまで、透明っぽいものはとりあえず全部「ビニール」と呼ぶこともある。もはや袋状のものは材質問わず全てビニールの時もある。
彼女からしたら一刻も早く自分の意図してることが伝わればなんでもいいのだ。なんでもよくなり過ぎて、全く伝わらないこともあるが。
そんなギルティ女史曰く、どうやら叔父様が認知症により幻覚や錯覚を見るようになってしまい、病室から逃げ出してしまったり予期せぬ行動を取るようになってしまったらしい。
心配する状態だろうし、決して笑い事ではないのだが、彼女の「イリュージョン」という言葉に、どうしても私の頭には、引田天功(厳密に言うとプリンセス・テンコー)がよぎってしまい、なんとか笑わないようにと口を全力で閉め、目を見開いて、びっくりしたような心配するような顔をして真剣に話を聞く。
ダウンタウンもびっくりの突如始まった"絶対に笑ってはいけない叔父貴のイリュージョン病棟24時"である。
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