「あと、ピザまんを1つお願いします」
煙草の銘柄には詳しくない。ラムネ菓子の「ココアシガレット」なら知っているけれど、それ以外はまるで知らない。
漂ってきてもある程度大丈夫なにおいと、すれ違っただけでぶっ倒れそうになるにおいがあるから、なにか差があるんだろう。遠くからキュウリのにおいを嗅ぎつける程度には鼻が利くので、やろうと思えば煙草の嗅ぎ分けもできるんじゃないかと思うが、いかんせん興味がない。図書館の古い文献に人様の煙草のにおいが染みついていたときは、「ごかんべん召されよ」と思ったものだ。
あの日、コンビニのレジカウンターに、小さな箱がことんと置かれた。もう7年くらい前のことだ。
置かれて何秒かしてそれが煙草だとわかったが、なぜ煙草が出現したのか理解できなかった。首がブブブと左右に振れて周りを確認する。横入りはしていない。会計途中の人がいるわけではない。お弁当のあたためを待っている人もいない。この煙草はおのれに差し出されたのだ。するとこれは今頼んだピザまんか? えっ、ぴ、ピザまん……。
「ピザまん」が、「3番」に聞こえたようだった。
ピザまん、ピザまんです、あの、ピザまん……とあたふた繰り返すと、じきに煙草は端にどけられたが、一体どうして。ぽこってそんなに滑舌が悪いのだろうか。もしかしてピザまんより煙草を吸いそうに見えたのだろうか。ぽこが吸いたかったのはピザまんだったのだけど……と、たっぷり数日は落ち込んだ。
最初の「ピ」の破裂音が届かなければ、「……ザまん」しか聞こえない。「さんばん」と聞き間違えるのも無理からぬことだろうと思う。ぽこもレジバイトの経験はあるが、いろんな商品に囲まれたコンビニのレジで、スマートにピザまんを差し出せる自信はない。
それにこの現象、どうやら世間的にはそこまで珍しいことではないようだった。当時、Twitterで「ピザまん」と「煙草」や、「ピザまん」と「3番」のワードで検索をかけ、「こんなにも仲間がいるのか……」と思ったものである。案外みんな、似たような経験をしているのだ。
そもそも、人生で何回「ピザまん」と言ったことがあっただろうか。いつも買うのは肉まんとかあんまんとか、ベーシックなやつだ。それもそんなに頻繁ではなくて、寒い季節に数回買うか買わないか。グリーンカレーまんやガパオまん、激辛麻婆まん……といった変わりどころに押されて、ピザまんを買う機会はもっと少ない。
たまたま食べたかったというだけで、ピザまんの存在は、ぽこの中でさほど大きなものではなかった。それでも、昔の些細な出来事をこうして鮮烈に覚えているほどには、ピザまんを食べたかった。
あれからずいぶんと経つが、「ピザまんを1つお願いします」と言ったら、また3番の煙草が出てくるんじゃないかという不安がある。今さっき同じようにツイートを検索してみたら、その後もあちこちのコンビニで、ピザまんと3番の取り違えは繰り返されているようだった。
あの日、結局ピザまんは温まっていなくて、代わりに肉まんを買った。悲しさは募るばかりだったけれど、肉まんはおいしかった。
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