オタクになりきれない半オタクな私の夢
先週はどんよりとした雲に覆われる日が多かったせいか、あまり記憶がありません。
いや、ただひたすらにNetflixでお気に入りのドラマを観続けていたせいかもしれないのだけれど。
・・・
とある米ドラマにハマった私。
俳優や彼らの他の作品を調べたりSNSを調べたりと、まさにのめり込んでいます。今までも、心掴まれる作品に出会うとその世界にぐんぐんと入っていこうとする自分がいました。でも、今回はなんだかそのエネルギーのレベルが違ったんです。
他のことが手につかなくて、頭がいっぱいになって、夢にまで見る。
「ああ、これがオタクか。」
生まれて初めての感覚。これと言ってオタクになれるものがなかった私にとって、ある意味「オタクになれるものがない」ということがコンプレックスでした。
いつも、どこかで冷静になってしまう。のめり込んでいる自分を、どうにかして引き離してしまおうとする。そういう自分から、ついに脱皮する日がきたと。
「ああ...私だってオタクになれるんだ!!!!」
けっこう、うれしいもんです。
オタクの先輩方からすれば怒られてしまうような半人前の私ですが、内心は、これまでの私にさよならを告げて新しい世界への扉を開けよう今すぐに行こう状態でした。
それでも、と冷静な私は問う
晴れて自称オタクとなった私。ひたすら好きなコンテンツを追いかけて脳みそが溶けるかお尻が痛くなるまでソファde Netflixをしようと決めていました。
でもね、ひょっこり出てきちゃったんです。
「私はなんでこの俳優さんたちに惹かれてるんだ?君の心の底にあるニーズはなんだい?」と問う、冷静な私が。
理由なんていらん!もっと感性にしたがって生きよ!と叫ぶ自称オタクを横目に、冷静な私は分析します。
「そもそも私は米ドラマが好き、なぜなら英語が好きだから。コメディアンな彼らに惹かれるのは、笑いこそが生きていることを祝福するような大切な要素で、人を笑わせられることはこの上ない才能だと思っているから。そして何より、心のどこかで彼らと一緒に仕事をする自分、インタビューをする自分を思い描いて、ワクワクしているからなんじゃない?」
認めたくないそんなの。だって私はオタク街道を進むんだから。ただ好きだって思っていたいんだから。
でも........完敗。
図星すぎて何も言えない。悔しい。
実はこの半オタク生活をしている中でtwitterで知り合った子がアメリカ人で、彼女と一緒に私たちの憧れの彼らを日本に呼ぼう!とめちゃめちゃに盛り上がっていました。
それまで自称オタクを自負していた私の心は、急にこんなことを思い始めたんです。
「彼らと仕事できたら、どんなに楽しいだろう。彼ら以外にも、海外の人と仕事をすることはずっと夢だったなあ...。この機会に英語をもっと磨いてちゃんとビジネスでも通じるようにして、仕事の幅を広げたい。絶対楽しい。why not? 」
そう。私の中でオタクの目的がカチッと変わってしまった瞬間でした。
オタク生活、終了のお知らせです。
それからは、彼らの作品を観ることはもちろん癒しだけど、それ以上に英語の勉強に精を出し、必要になりそうなスキルは何かと調べ、どんなことが実現できるだろうとイメージする方が優先になりました。
いつか、いつか彼らと仕事ができたら。
彼らのよさと笑いを日本にいる人たちに届けて、幸せな気持ちになる人が増えたらいい。
ああ、私はなんて優等生なオタクなんだ。
結局オタクやん。
いや、でも違う。私はずっと、オタクを夢見ていたいんです。半分足を突っ込んでその世界の奥深さに魅了されて、また他のところに行く。そういう人であってもいいと思っているんです。
何かにハマることは、確実に今までの自分になかった何かを広げてくれる。
だからオタクは、すばらしい。