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防災における行政と住民の価値観

 過日、地元紙のコラムに以下の記事が掲載されました。

三陸鉄道の震災学習列車に先日、乗る機会があった。車窓を楽しみながら被災や復興の状況を学ぶ人気企画だが、乗客が驚きの声を上げたのは、高さ十数㍍に及ぶ巨大な防潮堤だった▶海と人を隔てるように立つ無機質なコンクリートの壁。ガイドを務めた同社の千代川らんさん(23)=山田町出身=は「防潮堤ができて守られているような安心感がある一方、海が見えないという寂しさや恐怖心もある」と率直に語った▶巨大防潮堤は被災者が抱える葛藤の象徴のように思えてならない。計画当初から、景観破壊や生態系への悪影響、膨大な維持管理費などが指摘され、一部住民から見直しを求める声が上がりながら、早期復興の流れの中で充分な議論を経ずに事業は進んだ▶しかし、防潮堤を過信することによる避難意識の低下という、最大の懸念は消えぬまま。震災の悲劇が頭をよぎる▶かつて取材した大槌町の住民グループの一人は、完成した防潮堤を前に「将来、民意によって撤去する日が来れば」と苦笑いした。半ば冗談だろうが、行政主導で進んだ事業への後悔と、自治と防災の主役を住民の側に取り戻したいという願いのようにも感じた▶コンクリートは必ず劣化する。だが、記憶の風化によって心まで劣化させたくはない。沿岸で暮らす人たちが抱える葛藤に心から寄り添いたい。

風土計(岩手日報 2022・5・2)

 ひじょうに難しいテーマだと思いましたが、土木に関わる人間として考えを述べたいと思います。

1 完璧な防災はない

 残念ではありますが、これは一番認識しておきたいことです。
 どんな大雨でも洪水を発生させない「ダム」や、巨大津波を100%跳ね返す「防潮堤」はあり得ません。
 仮にそれに近いものを建設しようとしても、民意や予算によって現実化は極めて難しいです。
 この点に関しては以下の記事も参考にしてください。

2 天災は突然やってくる

 わが国は地震大国です。
 また、地球温暖化を起因とするゲリラ、スポット的豪雨に度々見舞われます。
 これらはなんの予告もなしに突然やってきます。
 「防災」とはそれにどのように対応すべきなのでしょうか。
 それは、「過去の教訓」から「未来を予測」し対応することではないでしょうか。
 東日本大震災で巨大津波が発生し甚大な被害を受けましたが、今後も同じ津波が起こると想定して防潮堤整備をするということは、とても理にかなっていると思います。
 充分な議論をして進めるのは教科書的で良いとは思います。しかし、それに何年もかけている間に同規模の津波が発生しないと誰も絶対に言えません。
 仮にそうなったとき、「行政にはスピード感がない」と主張するのが民意です。

3 相反することには妥協点が必要

 「景観」や「生態系」を軽視はできませんが、現状それらは「津波被害の軽減」ということと両立ができないのですから、ここをどう考えるかが大切です。
 例えば、「一関遊水地」は、ダム建設だけでの河川氾濫を抑えるのが難しい現状を踏まえて整備されています。当然そのエリアを宅地にはできませんが、人々が知恵を絞った治水方法です。

4 私からの提案

 行政と住民が対立するのは「防災」を進める上であってはなりません。どちらも主導でお互い同じ方向を向いていかなければなりません。
 そこで以下の提案をします。

(1)インフラがどれだけ防災に貢献したかを住民に伝える

 豪雨の後などに、「上流にダムがあることでこのエリアの浸水を防ぎました。」という情報を地図上に示して地域住民が見ることができるようにしてはどうでしょうか?
 「もしダムがなかったら我が家は浸水していた」と気づいてもらうのはとても重要です。

(2)現状のインフラの防災的限界点を住民に伝える

 「現状の防潮堤は高さ何メートルの津波まで耐えられます。これを超えた場合には越流して津波被害が発生します。その時にはこのエリアは浸水します」ということを全戸にお知らせをすることです。ハザードマップ等で既に実施されていますが、より具体性を深めて全戸に知らせ、日常から意識してもらうことです。

(3)防災インフラの必要性を学校教育に取り入れる

 防災教育の中で、「インフラ整備の重要性」をもっと伝えるべきだと思います。
 「ダム」や「防潮堤」が悪者になる場面が見受けられます。
 しかし、人間がどれだけそれらに助けられ、安全に生活できているのかと考える人は少ないと思います。
 また、「景観」や「生態系」を主張するとき、コンクリート材料にかわる案もなく、ただ悪者にされたまま時が流れることが一番の風化だと考えます。

 最後に、失われて良い命などひとつもありません。
 しかし、東日本大震災級の地震が発生したとき、一人も命を落とさない防災は現実不可能です。
 みんなで知恵を出し合って自然と向き合っていきたいものです。

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