やっぱり野球が好きだ。
ちょうど1年前の昨日、阪神タイガースが優勝した。
38年ぶりのリーグ優勝だけで充分だと思っていたのに、日本一にもなってくれた。
もう何も思い残すことはない、それが渡米を決めた理由になったなんてことはないが、でも実際それくらいタイガースの優勝と日本一は私たちにとって思いがけず手にいれた大きなご褒美のような出来事だった。
私は生まれも育ちも中日ドラゴンズのお膝元だが、父と弟たちの影響で小学生の頃からタイガースファンだった。野球が結びつけたわけではないが、たまたま結婚した相手は関西出身の阪神ファンだった。住まいは名古屋だったが、年に何度も甲子園球場に足を運んだ。沖縄の春季キャンプはもちろん、高知県安芸市の秋季キャンプも見に行った。そのうち1軍の試合だけでは飽き足らず、ナゴヤ球場や、タイガースの2軍本拠地、鳴尾浜球場まで試合や練習を見に行った。
私が子供の頃は、日本一になった1985年を除けば、タイガースはBクラスどころかほぼ最下位が定位置の長い暗黒時代の中にいた。やっとリーグ優勝した2003年も2005年は、ちょうどアメリカにいた時だったのでよく知らない。その後、昔と比べて見違えるように強くなったタイガースは優勝争いに食い込むことも多くなったが、いつも大切なところで失速して優勝を逃してしまう。
優勝してくれたら嬉しいけどまあいいか。
タイガースを応援するというのはそういうものだと思うようになっていた。
勝負事だから勝てば嬉しいし負ければ悔しい。
でもいつしか自分たちが選手たちの親のような年齢になってくると、彼らがまるで親戚の子どもであるかのように応援する気持ちになってくる。2軍から這い上がってきた若手や、怪我や病気と闘っていた選手が1軍で活躍する姿を見るのが嬉しい。そして彼らが戦力外通告を受けたり引退する姿に胸を痛める。
たとえ優勝できなくても、彼らが元気に悔いなく、野球人生を全うしてくれたらいいのだ。
野球でもサッカーでもバスケでも、プロになれるような選手は人並外れた素晴らしい運動神経の持ち主で、多分どんなスポーツをやってもそこそこ優秀なのだと思う。一方で、同じような才能を持っていても出会いや運に恵まれずプロへの道を諦めた人もたくさんいるはずだ。プロ野球選手になるのは東大に入るのよりも難しいのだという。
そんな、ひと握りの運と才能に恵まれた人たちが、日々厳しい練習やトレーニングを積み重ねてプロの舞台に立つ。たとえ泥や汗にまみれていても、1軍の華やかな舞台でスポットライトを浴びていなくても、彼らはいつもキラキラしている。
だから、サトテルが、木浪が、チカが、中野が、森下が、ホームランやタイムリーを打ってお立ち台で雄叫びをあげなくても、ザキが27個目のアウトをとってマウンドで静かにガッツポーズしなくてもいいのだ。今年アレンパできなくたっていいのだ。
そう思いながらも、毎朝起きると一番に携帯でLA時間の深夜に終わった試合の結果を確認してしまう。
やっぱりタイガースが好きだから。