オフィスひめの通信 17号
執筆:西澤真生(ひめのともみクリニック医師)
発行月:2011年11月
-栄養療法に何が出来るか 生・老・病・死-
-生命の誕生-
今回からは少し明るい話題―生命の誕生です。医学が進歩した今でも生命の誕生が自然の神秘であることは変わりありません。栄養医学は生体が本来持っている機能を最大限に発揮できるように整えていく方法です。薬での治療が難しい分野=生命の誕生や成長においても大いなる力を発揮します。
大人が日々生きていくにも多くの栄養素が働いていますが、胎児期にはたった1個の受精卵から数十兆個の細胞、総重量3kgのヒトを造り上げるのですから莫大な栄養素が必要です。栄養療法が妊娠・出産・子供の成長にどのような可能性を広げることが出来るのか、一緒に見ていきましょう。
-不妊治療と栄養療法-
赤ちゃんが欲しいけれども恵まれない不妊。一口では説明出来ないほど様々な要因があるでしょう。子供を授かることがすべてではありませんが、悶々と悩んでいるのであればぜひご相談を! 意外なところに原因があるかもしれません。
生命の誕生は神秘です。たったひとつの受精卵から数週間でヒトの形が出来上がります。その間細胞分裂と細胞の消滅、役割分担(分化)が発生プログラムに従って間違わずに進んでいきます。赤ちゃんを育てるには、赤ちゃんが育つだけの十分な栄養素が必要です。母体に栄養不足があったり身体的または精神的な大きなストレスがかかったりしていると、体は胎児を十分に育てられる条件がそろっていないと判断します。その結果排卵が止まったり、受精したのに着床(受精卵が胎盤に定着して育ち始めること)が成功しなかったりします。男性側に要因がある場合もあり、精子を分裂させたり成熟させたりする栄養素が不足していると受精がうまくいきません。
栄養欠乏はカロリーの多寡では判定出来ません。赤ちゃんの細胞を分裂させ体を造り上げる栄養素にかなりの余裕があることが大切です。若い女性のほとんどは鉄が欠乏しており不妊の大きな要因となっています。鉄以外にもたんぱく質が不足していたり、ビタミンB群が不足していたり、ビタミンEが不足していたりと様々な要因があります。栄養解析では、様々な栄養欠乏を診断することが出来ます。栄養が改善すると辛かった体調や精神状態もかなり改善します。結果として自然妊娠に至る方もいます。まずは本来の体を取り戻すために栄養療法を始めましょう。
-胎児初期の栄養-
胎児の初期(受精直後から7週ごろまで)は細胞分裂が大変に活発で分化による器官の形成も行われます。妊娠に気づくころには心臓や脳・脊髄などがほぼ出来上がっています。胎児の大きさはまだ大変に小さくカロリーはあまり必要ありません。細胞の分裂と分化、胎盤形成の助けとなる栄養素の摂取を増やしましょう。細胞分裂に必須の亜鉛、分化を助けるビタミンA、遺伝子やたんぱく質の合成に不可欠なビタミンB群やたんぱく質、胎盤を形成し血流を増やすための鉄などをどんどん摂ってください。安全性を考えて必ず食品または天然型のサプリメントから摂りましょう。この時期に葉酸が欠乏していると神経の管がうまく閉じることが出来ずに二分脊椎や無脳症、心臓の奇形などが起こります。葉酸はビタミンB12や他のビタミンと一緒に働くので葉酸だけではなくビタミンB群全体を摂りましょう。
つわりが起こるのもこの時期です。妊娠前からしっかりとした栄養を摂っているとつわりも軽くすむことが分かっています。特にビタミンB6はつわりの予防に役立ちます。
お腹が目立つころにはつわりも軽くなってきます。いよいよ赤ちゃんが大きくなる時期の始まりです。
次回も、妊娠後期の栄養や合併症・早産の予防、授乳期の栄養などを取り上げます。お楽しみに。
ビタミンEの話1 ~抗不妊因子として見つかったビタミンE~
ビタミンEの化学名はトコフェロール(tocopherol)と言います。tocosは分娩とか子供、pheroは引き起こすという意味です。この名前から想像されるように不妊ネズミの実験から妊娠を起こしやすくするビタミンとして1922年に発見されました。妊娠活性が最も高いのはαトコフェロールという形で現在のビタミンE製剤はこの安定誘導体です。
その後、ビタミンEには抗酸化作用があることがわかりました。つまり活性酸素やフリーラジカルを消去する役割です。特にコレステロールや細胞の脂質膜などを酸化から保護する役割をしています。この抗酸化作用はαトコフェロールが最も弱くβ、γ、δトコフェロールの方が強いのです。ところがビタミンEの活性は妊娠活性で決められているので、ビタミンE製剤や市販の合成ビタミンEはαトコフェロールが中心となっています。抗酸化作用を期待するのであれば天然型ビタミンE、特にγとδを多く含むものでないと効果が出ません。
ビタミンEは下ビタミンE製剤の多くは胆汁と一緒に排泄されてしまい、体内に入った分も抗酸化作用があまり期待できないことになります。天然型ビタミンそのものを薬に出来ないのは大変残念なことです。抗酸化作用を期待するのであれば天然型ビタミンEを摂りましょう。
次回はビタミンEの多彩な働きについて説明します。
~食事療法の嘘? 本当?~
-脂質代謝 3-
いよいよ今回は糖質制限食と脂質の具体的な関係について見ていきましょう。
私たちが薬を飲んだり食事療法をしたりするのは何のためでしょうか? 将来の病気を予防するためですね。つまり動脈硬化を予防して脳梗塞や心筋梗塞にならないようにするのが目的です。血液中のコレステロールはリポ蛋白(脂質たんぱく複合体)で運ばれることを前回お話ししました。血管腔に接している内皮細胞の間をすり抜けて動脈硬化を起こすことが出来るのは酸化・変形したリポ蛋白だけです。リポ蛋白の量はフィードバック機構によって調節されています。コレステロールは必要なだけ肝臓で合成され、合成量は食事から吸収される量の2~3倍に及びます。
糖質制限食を行うとLDLコレステロールが上昇する人がいます。そのような人はやっとコレステロールを合成する能力を持ったことになります。つまりカロリー制限食の時は材料であるたんぱく質とビタミンB群などの栄養不良のため合成が出来なかったということです。コレステロールは体の機能を発揮させるために大変重要なものです。直後に急激に上昇してもフィードバックにより2-3か月でその方にとって理想的な量に落ち着きます(仮に基準値を超えていてもその人にとっては理想値となります)。
最近動脈硬化を起こす原因として中性脂肪を多く含んだ小型リポ蛋白(small dense LDL)が注目されています。このsmall dense LDLは利用されにくいうえに酸化しやすく、動脈硬化を起こしやすいことから最近では超悪玉と呼ばれています。small dense LDLは内臓脂肪とともに増えます。内臓脂肪に最も関係が深いのは糖質・炭水化物とインスリンの過剰な分泌です。
糖質制限食を開始すると、直後から中性脂肪の低下や体脂肪率の減少が見られ持続します。また糖質制限食は血糖値を安定させるため、細胞内や血液中の酸化を減らすのに大変役立ちます。こうして見ると、糖質制限食は動脈硬化の予防におおいに役立つと思うのですがいかがでしょうか。
暮らしに役立つ栄養療法-放射線防御-
首都圏でも放射能測定がだいぶ進み、離れた場所でも多くのホットスポットが存在することがわかってきました。土壌に堆積した放射性物質がなくなるにはある程度の時間がかかるので、健康への影響を心配されている方も多いと思います。
放射線はどのようにして健康に被害を及ぼすのか、どうやったら健康被害を予防することが出来るのか、これだけ情報がたくさんあっても明確には知らない方が多いのではないでしょうか?
少ない放射線による健康被害は「確率」つまり運だと考えられていた時期がありました。しかしどうも運だけではないようです。というのは放射線の影響を受けた時に体は様々な防御力を発揮しているからです。したがって放射線による影響の受けやすさには個人差があり、体の環境を整えたり防御力を高めたりすればある程度放射線による健康被害を防ぐことが出来ます。
私たちのクリニックでは、「放射線被ばくに関する健康相談」を開設しています。防御力を高めることは他の原因による病気を予防することにも役立ちます。ぜひご相談ください。
サプリメント小話-コエンザイムQ10の話-
コエンザイムQ10は体内で合成される抗酸化物質の一つです。年齢とともに合成量が減ります。コエンザイムQ10を美容のためのサプリメントと思っている方も多いでしょうがそれ以外にも重要な働きがあります。それは心筋細胞などにエネルギーを送る働きです。下の図を見てください。エネルギー(ATP)を作り出す電子伝達系というシステムの図です。コエンザイムQ10はこの装置に組み込まれて電子を受けわたしエネルギー産生のカギを握っています。と同時にフリーラジカルや活性酸素を消去しています。
心臓の筋肉では24時間エネルギーを生み出す必要があるためコエンザイムQ10もたくさん必要になります。心臓に負担がかかっている方には特にお勧めです。エネルギーを産生する時には必ず活性酸素が発生します。コエンザイムQ10はエネルギー生成の場で抗酸化作用を発揮するのでアンチエイジングにもなります。
コエンザイムQ10はコレステロールと同じ経路で合成されています。コレステロール合成を抑える薬(スタチン系の高脂血症薬)を飲んでいる方はコエンザイムQ10の合成も減っています。どうしても薬を飲まなければならない方はぜひコエンザイムQ10の補充を考えましょう。
-卵はいつ出来るか-
受精卵のもとになる卵がいつ出来るか知っていますか?母親となる女性が胎児だった時にすでに卵のもとはすべて作り終わっています。思春期になるとホルモンの働きにより成熟し排卵が始まります。数百万あった卵の数は出生頃に急速に減り、思春期で10~30万個、その後は月1000個ぐらいの速さで減っていきます(下図)。卵は年齢と一緒に歳をとっていくので30代後半から40歳を過ぎると染色体異常や流産の率が上昇します。ライフスタイルが変化しても女性としての体を大事にして欲しいなと思います。ただし卵巣の状態にも個人差がありますので焦ったり諦めたりせずに、よい体作りを心がけましょう。
※刊行当時の内容のまま掲載しているため、現在の状況とは異なる記述もあります。
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