オフィスひめの通信 47号
執筆:西澤真生(ひめのともみクリニック医師)
発行月:2015年4月
ーリーキーガット症候群 慢性のストレスが腸のバリアを崩壊させるー
今回はリーキーガット症例群について解説をします。日本語に直訳すると「腸漏れ症候群」です。腸の隙間から物質が漏れて入り込むことにより起きる病気の総称です。
腸はとても不思議な場所です。消化管の内腔はまだ体の外!外界と体内を隔てる腸の境界部分では体に必要な栄養素と害になる物質を振り分けて必要なものだけ吸収する機構が備わっています。分厚い層(粘液層)のバリアと細胞と細胞の隙間を埋めるタイトジャンクションが物質のすり抜けを防ぎます。栄養素は栄養素専用の経路から、腸内細菌や侵入してきた細菌の菌体や毒素などはM細胞などの特殊な免疫系の経路から体内に取り込まれます。腸の粘膜下組織には免疫の司令部があります。特に大人では司令部のほとんどが腸に存在しています。これらの免疫組織は、腸に共生している腸内細菌と連絡をとりあって免疫を制御しています。
腸の働きには、消化吸収のほかに、バリア機構、免疫への指令、脳や神経との相互連絡があるのです。
さて、バリアが破綻すると本来の経路以外から物質が入り込みます。未消化ペプチドが入って脳の指令を撹乱したり、未消化のたんぱく質が免疫反応の原因となったり(IgG型食物アレルギー)、細菌の毒素や菌体が血中に入り込んだりします。小さな物質も本来より更に容易に入るようになり、血糖値の 急激な上昇による機能性低血糖症などの原因になります。
バリアの破綻にはいくつか原因があります。
グルタミンやビタミンA、ビタミンB群などの栄養欠乏・・・手術後の絶食時などにも
アルコールによる透過性亢進・・・飲み過ぎは腸にも影響
腸内細菌叢の乱れ・・・カンジダや有害細菌の増加
ストレスによる視床下部→下垂体→副腎、腸壁神経系を介した影響
バリアを回復させるためには、先ず栄養素の摂取と腸内細菌叢の改善を心掛けましょう。それでも思うような結果が得られない時には、ストレス要因を検討しましょう。ストレスは腸に影響し、腸は脳や自律神経に影響します。こうした負のスパイラルに陥ると頑張っても成果が得られず、かえってストレスになってしまうこともあります。体の声を良く聴いてリラックスすること、それが健康への近道です。
ー腸内細菌と腸管免疫ー
免疫細胞は骨髄や脾臓、全身のリンパ節などを基地としてそれをつなぐリンパ管を移動し全身のパトロールをしています。免疫細胞には「これは排除しなさい」とか「攻撃してはダメだよ」と教育したり指示を出したりする教育機関があります。子供の時期の教育機関は主に胸腺(心臓のすぐ上あたりにあります)が担っていますが、大人になるころまでには痕跡程度に小さくなってしまい、その代わりに腸の粘膜下組織にある腸管免疫系が働きだします。腸管免疫系は共生している腸内細菌と常に交信し影響を受けています。
腸内細菌がどのように生体防御に関わっているかというと、
● ヒトに有用な菌が自分の縄張りを維持することにより病原菌の侵入を防ぐ
● 上皮細胞に働きかけて粘液層の強化をする
● 体内にとりこまれて免疫細胞に作用し情報を伝達する
● 腸管内に分泌されるIgA抗体の産生に関与する
など様々な働きがあります。腸管細胞のM細胞という特殊な形の細胞は菌体の一部や腸内の物質を選択して取り込み、樹状細胞に情報を伝達しています。樹状細胞の情報はさらに複数のT細胞に伝えられ、みんなで相談しながら「攻撃しないよう」指令をだしたり、アレルギー型の反応や細胞破壊攻撃の指令を出したりしています。
腸管内に分泌されるIgA抗体は腸内に侵入する異物の攻撃や有用・有害腸内細菌の選別に関わっている大事な抗体です。IgA抗体の分泌にはビタミンAからつくられるレチノイン酸が大変重要な働きを担っています。レチノイン酸は全身を旅する免疫細胞が再び腸管に戻ってくるホーミングという現象にも関わっています。
このように腸内細菌と私たち人間は共存関係にあります。今後もまだまだ腸内細菌の新しい役割が解明されていくことでしょう。
ー5時間糖負荷試験ー
5時間糖負荷試験は機能性低血糖症を診断するための検査です。通常糖尿病を診断するためには2時間糖負荷試験を実施しますが、低血糖症では2時間以降に血糖値の急激な変化を生じる方が多いため、2時間糖負荷試験では見逃されてしまいます。そこで5時間かけて測定します。
機能性低血糖症の診断では、主に次の点に注目します。
● 血糖値の急激な変動がないか?
● 血糖値とインスリンの分泌がずれていないか?
● 血糖値の低下の程度はどのくらいで、どの時間帯に低下するか?
機能性低血糖症と一口に言っても、上昇下降を繰り返す乱高下タイプ、見掛け上の血糖値の変動が少ないフラットタイプ、大きく上昇した後急激に下降するジェットコースタータイプ、二峰性タイプなどその人それぞれの特徴があります。血糖値が平坦に見えても体温変化が大きかったり、インスリンの分泌が長時間持続したりする場合は重症です。
機能性低血糖症の問題は、単に血糖調節に問題があるだけでなく多彩な精神症状や自律神経症状、身体的な症状を示すことです。うつ病やパニック障害など他の病気と間違われていることもあります。本人の苦痛が強いのに検査で異常なしと言われ途方に暮れている人が多いのが現状です。そこで次回は、機能性低血糖症に焦点をあててもう少し詳しく解説したいと思います。
※刊行当時の内容のまま掲載しているため、現在の状況とは異なる記述もあります。