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他人をどうにかしようという支配欲

他人や友人に限らず家族もそう。
なんなら家族が一番手強い。

母が強者で、ラスボスというか。
素直に「あなたの言うことを聴きましょう」
とは言うものの、行動は伴っていない。

昔から結構独自路線をいくタイプの人間だったのに
歳を重ねるうちにいつのまにか狭い世界で思考がぐるぐると
回っている状態だったのかな

気が付けば病院に薬をもらいに行くことが恒例行事となり
「先生のおっしゃる通りにします♪って話してきたの♪」
なんてほざいている。

あれ~。。。
聞くと10種類の薬を常備しているらしい。

「私、薬は飲まない主義なので」
「私、ワクチンは打たない主義なので」
と話している一方でがんがんに薬をもらって安心しているじゃないか。

なぜ薬は飲まないのか、ワクチンは打たないのか
理解しているようで分かっていない。

単なる運動不足と加齢による筋力低下なのに
「ふらふらする。脳がおかしいんじゃないか」と
医者でさえその必要はないというに
志願して脳神経外科でMRI。

腰がだるい。。と整形外科に行き血液検査をして
骨粗鬆症ですね、と骨を造る薬をもらい。
(80超えているのだからそりゃ骨密度も低くなるでしょう)

目が霞む。。と眼科に行き
薬も出ないし眼科で目薬もささなかった、と
半ば何もなかったのが不満そうで

膝が曲げれず爪も自分で切れない、と
皮膚科に行き

あとどこに行ってたかな。

確かに歩く足取りは、杖をつくかどうかのぎりぎりで頑張っている
歩幅はちょこちょこ、脚もあまり上がっていない。
そりゃそうよ、
家に居ることが多くて圧倒的に運動が足りていないのだから

それ以外は見る限りいたって元気に違いない。

朝から色とりどりのサラダをたっぷり食べ、色々なものもまんべんなく
食べているし、睡眠もとれている。
今のところ頭もしっかりしている。

なのに、
惜しいなぁ。
思考がなんせすぐにネガティブに傾き、
過去の反省と後悔と孫の心配ばかりしている。
もともと心配と不安要素から入る人だったけれども。

薬には副作用があるというけれど
もともと作用に主作用も副作用もないわけで

母が訴える症状がいわゆる「副作用」と示されている症状だったので
とりあえず2週間だけ薬を飲むのをやめてみたら?と
伝えたものの

「なるべくあなたの言うことに従いましょう」だって
・・・・絶対飲むやん。

他者が治そうとする行為の愚かさ

これもしょっちゅうみかけますが、他者はいいことをやっていると勘違いしているので始末に負えません。
この場合の他者は家族が一番多いですが、友人の場合もたまにありますし、
治療家と呼ばれる人のおせっかいもたまにあります。
つまり誰かが病気になっていると、親や伴侶や子ども、友人などが「これをやった方がいい」「これをやらないほうがいい」「西洋医学の治療は危ない」「代替療法は素晴らしい」と吹聴することです。
これは医学不要論を知っている人の多くがやってそうですよね。
なのに、なぜダメなのでしょうか。

一言でいうならそこに患者本人の意思がないからです。
こうやって言われたら患者の多くは反発するでしょうし、反発しないとしてもそれで真に受けたら西洋医学の信者と同じです。
重要なのは患者本人が興味を持ってきたときに情報を与えるとか、私のような人間の情報を興味を持った時に提示するのはかまいません。
しかし押し付けになると逆効果になるのは必定なのです。

内海 聡『医者に頼らなくてもがんは消える』

本人の選択がたとえ間違っていたとしても、
それを他者が強制することはできず
本人が納得しない限り一方的な押し付けでしかならない。

何度となく「薬は飲まなくていいし病院に行かなくてもいい」と話す私に
『あなた否定ばっかりだね』ともらした。

あ、あぶない、これ以上度が過ぎると
人格を否定された、と思い兼ねないな。
口をつぐんだ。

難しいな。
本人が良かれと思い精神安定剤として病院に通うなら
それはそれでいいのかと思ったり。
いやいや目をつぶれないと思ったり。

真正面からぶつけるからプライドを傷つけるのであって
手をかえ品を変え、面白おかしくじわじわ溶かせないかな

自分の言うことを聞かせたい。
間違いない。



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