繁殖を禁止されたブリーダー
遺伝性疾患と繁殖に関して、ちょっとだけ、本当にチョットだけですが、明かりが見えた気がするニュースがありました。遠いヨーロッパの出来事ですが、こんな流れが「どんどん広がってくれるといいな!」と思います。
ブリーダーに繁殖を禁じる判決
ノルウェーで行われた裁判で、遺伝性疾患をもたらすような犬の繁殖が明確に違法とされました。ある特定のブリーダー(個人名は非開示)に対しては、
繁殖を行うことを禁止する判決
が下されました。私権を制限するもので、ものすごく画期的な出来事だと思います。訴えていた「ノルウェー動物保護協会(NSPA)」は、今回の判決を「完全勝利!」と表現しています。
動物福祉法第25条
この国の「動物福祉法(Animal Welfare Act 2009)」は、第25条で遺伝的に身体面・精神面で問題を抱えるリスクのある繁殖を禁じています。さらに「動物が自然な行動をとる能力を低下させ」るような遺伝的特性をもつ動物を、繁殖に使用してはならないとも書かれています。
例えば、自然交配や自然分娩ができないような犬種を創り出すことも違法なわけです。でも法律って、あるだけではあまり意味が無い場合もあります。NSPAが裁判に訴えた想いの一端が、このコメントに表れています:
人間がもたらしたブルドッグの健康問題は20世紀初頭から知られていたことです。数十年にもわたって、ノルウェーでは違法に病気の犬たちのブリーディングが続けられてきました。
遺伝性疾患に苦しむ犬種
NSPAによると、この国では特にイングリッシュ・ブルドッグ(ブルドッグ)とキャバリア・キングチャールズ・スパニエル(キャバリア)に、無秩序な繁殖による遺伝性疾患がまん延しているそうです。動物福祉法違反として起こした裁判では、ブリーダーのほかに「ノルウェー・ケネルクラブ」とブルドッグおよびキャバリアの単犬種クラブも被告となりました。
ブルドッグの場合、よく知られた呼吸器系や目のトラブルのほか、消化器系や心臓の疾患など9つの病気が遺伝性のものとして挙げられています。
キャバリエについても7つの疾患が指摘されています。頭を小さくし過ぎたために、脳が頭蓋骨に収まり切れず激しい頭痛や神経障害を発症することもあるそうです…。
ケネルクラブも敗訴
被告側は「根拠がない」として、訴えの棄却を裁判所に求めていたそうです。NSPA側がエビデンス(科学的根拠)に基づいた様々な証拠を提示した結果、裁判が妥当と判断されました。昨年11月には、5回にわたって審理が行われ、先月判決が言い渡されました。
ケネルクラブと単犬種クラブに対しても、
ブルドッグとキャバリアのブリーディングは
動物福祉法第25条違反である
と告げられました。国を代表(?)して純血種の登録や管理を行う畜犬団体も敗訴したことで、この国のブルドッグとキャバリアの繁殖については根本的な再検討が必要となるでしょう。
健康を最優先したブリーディング
この判決、2犬種のブリーディングを全面的に禁止するものではない所も、素晴らしいと思います。
科学的根拠に基づいて、
他犬種との交配などを行い、
健康状態を改善させる繁殖
に取り組むよう推奨しています。NSPA代表で獣医師のエアシャイルド・ロールドセット(Åshild Roaldset)さんは、こう言っています:
この判決は何年も前に出されるべきでした。(中略)この50年で(繁殖に関する)科学的・技術的な進歩が急速に進みました。私たちは、最新の知見に基づいて犬の繁殖方法を変えていかねばなりません
その一方で、愛犬家に対する理解も示しています:
私たちは、(ブルドッグやキャバリアなどの)飼い主が自分の愛犬に寄せる愛情を理解しています。これらの犬の多くは素晴らしい気質と愛らしい性格をもっています。だからこそ、病気や苦しみのない"犬生"を与える理由は大きいはずです
今回の裁判は純粋に動物福祉のためであり、ブリーダーを含む関係者との争いのためではなかったことを強調しています。事実、裁判に訴える前にNSPAは何度もケネルクラブなどと話し合いをもったそうです。
繁殖に携わる人の「能力」
EU(欧州連合)は、2020年に「責任ある犬の繁殖に関するガイドライン」を作成しました。その中で、繁殖に使用する犬の選定は、遺伝性疾患を含む健康状態や気質、年齢などを考慮して慎重に行うべきとしています。
また、
繁殖に携わる人間は、
その「能力がある」ことを
証明すべき
としています。
NSPAは、このEUガイドラインに基づいてブルドッグとキャバリアの繫殖に関する基準作成を提案しています。担当の「農業食糧大臣」にも書簡を送っており、何らかの具体策が発表されることに期待しています:
動物福祉法は、人間の理不尽な行いから動物たちを守ることを目的に作られた法律です。それが今日、犬たちの幸せを守ってくれました(NSPA代表ロールドセット獣医師)
動きが見られない日本
一方、日本では、対策が遅々として進んでいません…。以前もご紹介しましたが、「動物の愛護及び管理に関する法律(動物愛護法)」を所管する環境省は、遺伝性疾患の問題について
「幅広い視点から国民的な議論を進めていく」
と決意表明を行っています。でも、あれから既に2年近く。動きは、まったく見えてきません。
続く苦痛と悲しみ
日本にも、遺伝子検査を行えば防ぐことができたはずの「単一遺伝子疾患」で、今も病気と闘っているワンコがいます。
大切な家族である愛犬を亡くした悲しみを抱えておられる飼い主さんもいます。
これまでご紹介してきたように、「多因子疾患」に分類される遺伝性疾患である「膝蓋骨脱臼(= パテラ)」は、まるで小型犬の「標準装備」のようにまん延しています。
その仕組みから、遺伝子検査はできませんが、逆にそんな手間とお金をかけなくても触れば分かる疾患です。親犬を繁殖から外すことで、徐々に減らしていけるのです(でも、やらない…)。
それから、ウチの平蔵は、いつ爆発するか分からない爆弾を首に抱えて毎日を過ごしています。
良いところは見習って
ヨーロッパもアメリカも、それぞれの国にはそれぞれの文化や考え方、事情などがあります。動物福祉に関しても、「理想郷」は存在しません。悪い意味で、日本では考えられない様な状況も実は少なくありません。
一方で、当然、学ぶべき点もたくさんあります。日本でも、無秩序な繁殖による遺伝性疾患が動物たちの健康と福祉を損なっている例は山ほどあります。このノルウェーの判例やNSPAの取り組みは、間違いなく見習うべきものだと思います。愛犬たちの次の世代が、幸せな「犬生」を送れるように🙏