日記
ばかみたいに空が青い。もう18時前なのに昼過ぎみたいな明るさをしている。山際と窓枠の隙間に見える狭い空を見た。
チェーンの喫茶店はそこそこに混んでいて,隣の席の奥様2人は絶え間なくお喋りしている。誰かに電話をかけてみたり体を開いて笑ったりしながらずっと口を動かしている。
私の前に座る彼は,スマホで麻雀をしたり村上春樹を読んだり,器用に過ごしている。ブラックコーヒーを飲んでいるけど,カフェオレを頼んだ私よりずっと進みは遅い。そういえばコーヒーはそれほど得意じゃないと言っていた気もする。好き嫌いとかより身の丈に合ってるかとか状況に適切かみたいなことを気にする節がある,気がする。気がするばっかり。
腹のでるTシャツを着た私には,冷房がきつすぎて少し寒い。一度外に出て身体を温めたりしながらいる。全く非経済的だなと思う。でも少し面白い。そこまでしてこの人の前に座っていたがる自分が面白い。
角田光代の短編集を読んでいる。ずっと前に読んだことがあるので全部「あぁそうだった。」となる。毎話、さわりの時点ではちっとも思い出せないのが悔しい。今読み終わった話は,「人生で一番最初の記憶」とか「最も悲しかった時の記憶」「最も満たされていた時の記憶」について話されていた。
本から顔をあげた。彼が机に肘をつく形で本を読んでいたので、案外近くに顔があった。
(ねぇさ)
つられたみたいに彼も顔をあげた。
(最も満たされていた時の記憶,一文で言って。)
私は結局それを言わずに,目が合ったことを無かったことにしてまた目線を落とした。彼も特に何も言わずに続きを読み始めた。
駐車場が100分間無料なので、きっかり1時間40分で店を出た。バタバタと席を立って、会計を済ませた。レジに100円硬貨がなくてお釣りに16枚の10円玉を預かった。
帰りの海岸線は少し夕方の様を呈していた。