あんたは笑顔が似合うんだから。
当時闘病中の母に言われた言葉ですね。
3年経ってようやく思い出を語れるようになったんですが、振り返ってみると鮮明に覚えているなぁと思います。
しかも笑い話やほっこりした瞬間ばかりで、母は最期まで明るかった。
今回はこの言葉をかけられたときのこと。
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当時大阪で働いていた私は母の様子を看に、毎週末九州の実家に帰省していた。
母の入院している病院に行って、仕事の自慢をしたり一緒にのんびりとご飯を食べる時間を過ごしていた。
その時は、たまたま叔母や母のいとこもお見舞いに来ていて、叔母お手製の南関あげいなり寿司(九州名産)なんかをランチスペースを陣取って楽しく食べていた。うちの家系はどこにいってもお構いなし。
「南関あげってなんでこんなおいしいんだろうなぁ」と、なんでもないことを考えながら。
みんなでお昼ごはんを食べたら、私は父に駅まで送ってもらい大阪での生活に戻る予定だった。
いつもなら母に「仕事頑張ってくるから、また話すねー!」なんて言ってお別れをしていたんだけど、その日はなんだかもやもやしてきた。
その場が笑顔に溢れていて、幸せを感じすぎてしまったのか。
みんながいるのに涙が止まらなくて、「もう時間だからいくね」と泣きながら席を立った。
病院のエレベーターに乗り、泣いている顔を隠そうと片手で顔を覆いながら母に手を振ると、
「あんたは笑顔が似合うんだけんね!」
と心配そうな顔で最後にカツを入れられ、エレベーターの扉が閉まった。
毎週お見舞いに来ていたけど、次回来るときは話せなくなっているかもしれない。笑っている顔を見られなくなっているかもしれない。という気持ちだったんだと思う。
幸せを感じすぎた時間で溢れた涙だった。
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本当にその時が家族で笑った最後のランチになってしまったんだけど、
会えなくなってからも母のカツは聞こえてくる。
あのお別れから数年後、私が体調不良で入院してトイレにいくのもやっと。ふらつき、トイレでうずくまっていたらやってきた。
「そんな顔せんと!あんたは笑顔が似合うんだけんねー!」
(そんな顔しちゃだめよ。あなたは笑顔が似合うんだから。)
心身どん底のときに、九州弁で根性母ちゃんがやってくる。
しかもトイレ中でもお構いなしに。
大切な人とお別れをすると、どうしても「もう会えないんだ。」という悲しい気持ちに襲われてしまいますが、
3年経ってみると、本当はそうではないと思います。
いつも傍で母を感じていて、必要な時に大声で聞こえてくる。
傍にいるのかもしれないと信じることで心の目で母を見ることができる。
ちなみに、母はどん底の私にこうも言ってきます。
「そんなんじゃ世の中やってけんけんねー!あんたは私の子だけん、大丈夫よー!!!!!」
(そんなんじゃ世の中やっていけないよ。あなたは私の子なんだから大丈夫よ^^)