「ねえ、もう一度だけ」恋人ごっこ/マカロニえんぴつ
■概要
『恋人ごっこ』
歌手：マカロニえんぴつ
作詞：はっとり
作曲：はっとり
収録：2ndフルアルバム『hope』
発売日：2020年4月1日（水）
■歌詞考察
「ねえ、もう一度だけ」
を何回もやろう、そういう運命をしよう
愛を伝えそびれた
でもたしかに恋をしていた
恋をしていた
缶コーヒーで乾杯
シーツは湿って どうにもならない二人だ
言う通りにするから、
恋人ごっこでいいから
今だけ笑っていてほしい
湿ったシーツが表している身体の関係、しかし所謂身体だけの関係の男女が頼りがちなアルコールではなく、二人は『缶コーヒー』での乾杯。
酔いに任せたものでも、一夜限りの関係でもない。
だからこそ『どうにもならない二人』なのかもしれない。
『言う通りにするから、恋人ごっこでいいから』
主導権は相手にあって、自分はそれに従ってまで“恋人ごっこ”な関係を続けていたい。そしてできれば、自分といるこの時間だけは笑っていてほしい。
そんな縋るような気持ちと、二人の歪な関係性。
余計な荷物に気付くのは
歩き疲れた坂道だ
忘れていいのはいつからで
忘れたいのはいつまでだ？
このままいても幸せなはずがないことは理解している。
この関係に疑問を抱き始めた『歩き疲れた坂道』にやっと、もう簡単には割り切れない相手への気持ちや期待などの『余計な荷物』に気が付いてしまった。でも今更気づいたって、忘れるには遅かった。
『忘れていいのはいつからで、忘れたいのはいつまでだ』
相手と出会ったあの頃か、関係が変わり始めたあの日なのか、それとも身体を交えたあの夜なのか。どの瞬間から忘れたら楽なのだろうか。
そして果たして本当に、今日この日までを忘れたいのだろうか。忘れていいのだろうか。
幸せだった時間が確かにあるからこそ、全て忘れてしまうことはしたくない、そんな葛藤が感じられる。
「ねえ、もう一度だけ」
を何回もやろう、そういう運命でいよう
愛を伝えそびれた
でもたしかな恋をしていた
恋をしていた
もうこれで最後にするから、今日だけ、『ねえ、もう一度だけ』と、曖昧にだらしなく関係は続いていく。
満足しているはずがないのに、断ち切れない愚かさや弱さに、いっそ『そういう運命でいよう』と一種の開き直りのような感情すらも抱く。
運命なんて言葉を使いながら、一生を誓うような愛の言葉は伝えそびれていたし、そんな深い関係でもなかった。
それでも、自分も相手も『たしかな恋をしていた』のだ、と愛にはなれなかった恋の関係を噛み締める。
無駄な話に頼るのだ
隠し疲れた罪を運ぶため
忘れていいのは君なのに
忘れたいのは僕だけか
浮気、身体だけの関係、明確には語られずとも誰かに胸を張って言えない関係性や想い。それらは隠し抱えながらも、二人で過ごしていきたい。
一時でもその『罪』を忘れるために、はたまた一緒にいる時だけは“普通の恋人”なのだと思い込むために、他愛のない『無駄な話』をして、今日も過ごすのだった。
『忘れていいのは君なのに忘れたいのは僕だけか』
1番Aメロにて語られた『僕』の気持ち、『言う通りにするから、恋人ごっこでいいから』からも見られるように、関係の主導権は『君』にある。
そんな『君』からしたら『僕』のことなんていつでも忘れていいような存在、簡単に忘れ去れるような。
一方で『僕』は、1番にて『忘れていいのはいつからで、忘れたいのはいつまでだ』と考えるくらいには、もう限界が見えてきている。
こんなに悩んでもがいているのは、『忘れたいのは僕だけか』と、独りよがりな思いで問いかける。
「ねえ、もう一度だけ」
もう無しにしよう？そういう運命を取ろう
愛を伝え損ねた
またこんな恋をしてみたい
恋をしてみたい
そうして限界がきた『僕』は、『ねえ、もう一度だけ』とまたなし崩し的に続きそうな二人の関係を『もう無しにしよう？』と断ち切るのだった。
『運命 “で” いよう』とは打って変わり、『運命 “を“ 取ろう』
流されやすい主人公が、歌詞中はじめて自分の意思で決意をしたのは、皮肉にも二人の別れ。
しかし『もう無しにしよう』と言い切るのではなく、“？”を付けて問いかけているあたり、『君』にも答えを委ねたいのだろう。決意の揺らぎと、止めてほしい一心で。
“？” ひとつに、優柔不断な性格と未練が垣間見える。
『愛を伝え損ねた またこんな恋をしてみたい』
『伝え損ねた』だけで、愛はあったのだと。
『君』を好きでいるこの気持ちを偲んで『またこんな恋をしてみたい』と、『君』ではない誰かとの未来に期待を抱く。
すこし未来に目を向ける『僕』
裸や、撫で肩や、キスや乾かない髪
そして過去を振り返っていく。
『君』との思い出を振り返った時に最初に出てくるのはやはり『裸』で。
“恋人ごっこ”だった二人には、遊園地や旅行や普通のデートなど、ちゃんとした恋人のような思い出はなく、『撫で肩』『キス』『乾かない髪』など、全て身体や情事と連想されるものばかり。
もう一度あなたと居られるのなら
きっともっともっとちゃんと
ちゃんと愛を伝える
もう一度はじめからやり直せるのなら、伝えそびれて伝え損ねていたけど『ちゃんと愛を伝える』
後悔を歌いながらも、今からではなく、『もう一度』ともしもの話をし出す『僕』は、それだけ限界だったのだろう。
もう二度とあなたを失くせないから
言葉を棄てる 少しずつ諦める
あまりに脆い今日を抱き締めて手放す
『もう一度あなたといられるのなら』
『もう二度とあなたを失くせないから』
悔やんでも悔やみきれない気持ちが表れている。
『ちゃんと愛を伝える』後悔と、『言葉を棄てる』後悔。
言えばよかったことと、言わなきゃよかったこと。
言葉よりも行動で示さなきゃいけなかったこと。
『少しずつ諦める』
『君』といるための我慢や妥協。“恋人ごっこ”以上を望んでしまうことを少しずつでも諦めたらよかった、という縋るような思い。
それだけの後悔や思いがあるのに、『もうなしにしよう』の一言で壊れてしまうような『あまりに脆い今日』と、二人の関係。
最後に噛み締めるように思い出を『抱き締めて』、
そうしてやっと『手放す』覚悟ができたのだった。
ただいま さよなら
たった今 さよなら
『ただいま』といつものように帰ってきた『君』に
今度こそ最後の『さよなら』を告げて。
■公式MV
いつかの冬に二人で歩いた川沿い
あの頃と同じ青い自転車でひとりふらふらと漕いでいる『僕』の後ろ姿と、もう今は違う誰かのバイクの後ろに乗っている『君』との対比が切ない。
■「恋人ごっこ」セルフライナーノーツ
作詞作曲、Vo.はっとりによるライナーノーツ
「ただいま」
またここに帰って来て、
少し違ってやっぱり変わらないさよならを何度も。
「あたしね、もし猫を飼ったら、もう会わないかも」
離れられないのに、離れないといけない恋人たちがいる。
思い出にしないために忘れないといけない恋がある。
「またここに帰ってきて」
「やっぱり変わらない」
「何度も」
一文に散りばめられる、繰り返している関係性の表れ。
「やっぱり変わらないさよならを何度も」
お互いにわかっていながら、繰り返している関係性に甘えて、「さよなら」の重みが少しずつ薄れていっていたのだろう。
「もし猫を飼ったら、もう会わないかも」
さよならを匂わせるこの発言も、“かも”と濁しているあたり、曖昧な関係性を望んでいたのは『僕』だけじゃなく、『君』側もそうだったのだろうか。
それともその一方で、『もう、なしにしよう？』と、『君』に縋るような一心で問いかけた台詞とは違って、この曖昧さは相手に委ねるものではなく、自分で決め切るまでもないからだろうか。
『忘れたいのは僕だけか』と悩む気持ちも頷ける。
相手が結局戻ってくるとわかっていながら「もう会わないかも」と軽々しく言えてしまうスタンスは、あまりに残酷で刺さった。
「思い出にしないために、忘れないといけない恋がある」
思い出にしたら、思い出すから。
思い出さないために、忘れないといけない。
■Vo.はっとりのTwitter
「二人で始めたのに一人で終わらないでよね、恋人ごっこ」
— はっとり (@Hattori_0512) May 28, 2020
『君』の立場からしてみれば、『僕』が「一人で終わらせた」別れ話も残酷なものだったのかもしれない。
『僕』目線で進んでいた歌詞、物語。一度も『君』の心境は語られていなかった。
『もう一度あなたと居られるのなら』『もう二度とあなたをなくせないから』と後悔を歌っていたが、『ちゃんと愛を伝える』『言葉を棄てる』ような自分の行動云々よりも、まずは『君』の気持ちに寄り添うことが必要だったように思う。
「もし猫を飼ったら、もう会わないかも」
『君』のこの言葉の中に、『僕』が気付けなかった思いがあったのだろう。『君』が言わなかった、言えなかった気持ちもあったのだろう。
そうさせたのは、勿論『僕』だけじゃなく『君』にも要因はあるだろうが、たしかに「二人で始めたのに一人で終わらないで」ほしいものだ。
■「君」と「あなた」
無駄な話に頼るのだ
隠し疲れた罪を運ぶため
忘れていいのは君なのに
忘れたいのは僕だけか
もう一度あなたと居られるのなら
きっともっともっとちゃんと
ちゃんと愛を伝える
もう二度とあなたを失くせないから
言葉を棄てる 少しずつ諦める
あまりに脆い今日を抱き締めて手放す
『君』と呼んでいた彼女のことを、別れを決断してからは『あなた』と表していた。
『もう一度あなたと居られるのなら』からの該当部分のMVは、彼女との思い出が走馬灯のように流れるシーン。
目の前にいた『君』ではなく、もういない『あなた』に向けた言葉たち。諦めや後悔が込められているのだろう。
しかし同時に、彼女の「二人で始めたのに一人で終わらないでよね」に隠された思いもよぎる。
一人で考えて諦めて、もういない『あなた』に後悔を叫ぶのではなく、目の前の『君』とちゃんと向き合っていたら、二人の結末は変わっていたのかもしれない。
“恋人ごっこ”ではなく“恋人”に。
“恋”ではなく“愛”に。
もしかすると、そんな未熟な二人を揶揄する意味も込めて“恋人ごっこ”なのかもしれない。到底“愛”なんかには程遠いぞと。
伝え損ねた愛は、ないも同然なので。
■2nd full album『hope』に込められた思い
「望」ですね。
希望の望、絶望の望。「望」の方に賭けてくださいねって。その前にくっついている１文字にはあまり囚われないでねって意味も込めて。
アルバム全体に込められた「望」という思い。
“恋人ごっこ”におけるそれは、
またこんな恋をしてみたい
恋をしてみたい
に、込められているように感じる。
次こそは“ごっこ”じゃなく。
愛も、何事も、伝え損ねないようにしたい。