第四十二話 姉の出産
学校を辞めてから半年ほどが経ち、暦は暑い7月になっていた。
数年ぶりに姉からの電話。私がアパートを借りたことも電話番号も、祖母から聞いたらしい。「学校辞めちゃったんだって?」「暇だったらちょっと東京来てくれない?」電話に出るなり、姉のそんな声が聞こえてきた。
「そんなに暇じゃねーよ」「東京行ってどうすんの?」と聞き返した。すると、「子供産まれたんだ」「ちょっと遊びに来るついでに子供見ててよ、仕事もしないといけないからさ」
何を勝手な事を言ってるんだと心の中では思ったのだが、子供が生まれたことには正直驚いたし、見てみたいという気持ちもあった。こっちでの仕事は友達たちに手伝ってもらえるし、Ⅰさんとイグチさんに前もって言っておけば数日間くらいなら大丈夫だろうと考え、「わかったよ。何日間か遊びに行くわ」他にも聞きたいこともあったのだが、「詳しい話は来てからで、とりあえず待ってるね」と早口で言って電話を切られてしまった。
その数日後私は姉の家に行くことにした。新幹線で上野まで行き、山手線、都営地下鉄に乗り換えどうにか目的の駅まで着くことが出来た。駅を出て指定されたオブジェの前までいくと、久しぶりに見る姉の姿があった。「子供は?」と私が聞くと、「見てもらってるから大丈夫。歩いて5分くらいだから行くよ」と言って私の前を歩きだした。多分子供の父親が見ているんだろうと思って「籍は入れたの?」という私の問いに「入れないと思う」という返事が返ってきた。
「もうすぐそこだから、あのアパート」と姉が指をさした。その先には2階建ての小さなアパートがあった。相手はどんな人なんだろうと考えながら部屋に入ると、「弟連れてきたよ」と玄関先で姉が言った。その声に反応して「おう、来たのか」と男性の声。声の方に顔を向けると両親と同じくらいの年齢に見える中年の男が座っていた。「こんにちは」と私が挨拶をすると「遠くから来てもらって悪かったね」と男は言った。私が16歳の時なのであねは20歳、男は40は超えているように見えた。
まあ、そんなことは自分が気にしても仕方ないか、と思い男の横に目線を移すとベビー布団の上に寝かされている赤ちゃんがいた。女の子なので私にとって初めての姪だ。「抱っこしてみれば」と姉に言われ、恐る恐る赤ちゃんを抱きあげた。首が座っていないので抱いているのは怖かったが、初めて見る姪はとても可愛く見えた。
赤ちゃんは両手に可愛いミトンを着けていた。「夏なのに熱いんじゃないの?」と言うと、姉は真面目な顔をして「指がね・・・6本あるの」と言った。姪は多指症で産まれてきたのだった。ミトンを外してみると、両手の親指が2本生えている。「手術して切れないの?」と聞くと、乳児の場合は色々な理由からすぐには手術をして切るということは出来ないと姉から説明された。多指症になるはっきりとした原因は分からないらしいが、姉は少なからず自分が薬物をやっていたせいだと、少し悲しそうな顔で後悔の言葉を言っていた。確かに薬物使用者の子供が、奇形や障害を持って生まれてくる確率は通常より高いという事は何かで聞いたことがあった。
子供には何の罪もないのに、障害を持って産まれてくる子も、自分が過去にしてしまった事を後悔する姉も、どちらも可哀そうに感じた。その時ふと、今自分がしていることは何なのだろうと漠然とした疑問を感じたのはよく覚えている。金と薬と女があればそれだけで楽しいと思っている今の生活を続けていく事が本当にいい事なのか?その答えはその当時の私には分からなかった。
今回は初めての姪との対面のエピソードでした。多指症の原因は様々な説がありはっきりとは分かりませんが、薬物の怖さを少しだけ実感した瞬間でした。次回は引き続き姉の家での出来事を書こうと思います。
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