第六十話 水商売の辛さ
水商売に転職した初日、後は営業時間を待つだけとなった。今日は通常の出勤時間より早く来たので準備は余裕をもって終わっていた。するとスーツを着た人たちが4人ほど店に入ってきた。「君が今日からの子」と言われたので店の関係者だと気付き「おはようございます、今日からお世話になります」と挨拶した。4人は店の従業員で営業前まではスカウトに出でているのだそうだ。いつも開店準備をする人間を1人残して後の人間はスカウトに出ているらしい。「君も下の人間はいってきたらスカウト出てもらうから頑張ってね」「はい、頑張ります」そんな会話をした。
役職は下からウェイター、ウェイター長、副主任、主任、副支配人、支配人、副店長、店長、次長、部長、本部長、常務、専務、社長となっていると説明を受けた。もちろん役職によって基本給も違う、副支配人から店長まではマネージャーと言われる役職で、次長は店舗での最高役職。部長以上は店舗には基本的にいなくて、各店舗を周って管理する役職のようだった。制服も役職によって分けられており、ウェイター、ウェイター長は今私が来ているベストに蝶ネクタイ、副主任、主任はマオカラーのスーツ、副支配人から次長までは紺のスーツ、部長以上は自前のスーツを着用するらしい。
後から来た4人はウェイター長、副主任、主任、支配人だった。最初に店に居て準備を教えてくれた人は店長だった。その他大雑把な説明を受けて、「まずはやってみて」と支配人に言われた。店の女の子が出勤してきた。この会社ではホステスさんの事をキャストと呼ぶらしい。キャストさんが次々に出勤してきて「おはようございますと」挨拶をする。キャストさんの店での衣装はドレスである。着替えが終わると皆ソファーに座り営業開始10分前になると全員がそろって朝礼が始まった。朝礼などは支配人が全て仕切り店長はそれをみて管理するポジションだ。今日からという事で私も紹介された。特に反応は無かったが、飲みに行っていたときとはまた違ったキャストの一面もみられた。飲みに行っていたときのような楽しそうで華やかな感じとは異なり、なにか緊張感があるような張り詰めた空気になっていた。後から聞いたことだが女の子は指名本数によって時給も替わり、店での扱いも変わって来るのでみんなライバルのようなもので、なれ合った雰囲気ではないのだという。
営業が始まった。早速お客様が来店する。「いらっしゃいませ」と大きな声で言った。副主任がお客様を席まで案内する、副主任、主任はお客様を席に案内したり時間の時に延長確認に行くことが仕事らしい。案内はメンバー通しと言い、延長確認はフラワーという隠語が使われていた。支配人は女の子をつけ回す役割で、それはラッキー回転と呼ばれていた。ウェイター長の人が私に付いて教えてくれるらしく最初は横に居て「あそこのテーブルアイス交換」「あそこのテーブル灰皿交換」などと指示をしてくれた。「忙しくなると教えられないから暇なうちに覚えちゃってね」と言われた。
その後も次から次へとお客さまが来店され、休む間もなくアイスや灰皿をひたすら交換し続けた。キャストには話すことに集中させるため灰皿やアイスの交換を要求されるよりも早くこちらから交換しに行かなければならなかった。その他グラスやおしぼりなどもキャストがハンドサインを出して伝えてくる。それを見てすぐに要求されている物を持っていかなければならない。その他オーダーが入ったらそれを厨房に通して出来上がったら持っていく、ボトルが入ればボトルを持っていく、お客様が帰ったらすぐに片付けてテーブルをセットする。やることは沢山あった。とても店内の様子を見ている暇はないくらい忙しかった。休憩もなくただただ走り回っていた。何時間も灰皿交換、アイス交換、おしぼりやオーダーをテーブルまで運び、空いた席はすぐにスタンバイセットする。数時間でもう足がパンパンになっていた。
気がついたら営業終了の時間になっていた。開店から閉店までほぼ満席の状態が続きもうヘトヘトだった。飲みに行っていた頃との見え方が違う点はキャストの態度もあった。支配人や店長とはニコニコ笑って話をするが、私に対しては、存在していないかのような扱いで、用があるときは顎で使うような感じなのである。もちろんお客様がいる前ではそんなことはしないが、開店前や閉店後の態度はそんな感じであった。やはりそれなりの役職にならないと面白みがない仕事なのだと気付いた。ウェイター長が私の所に来て、「初日にしてはなかなか良かったと思うよ」と言ってくれ救われた気がした。これで「まだまだ」と言われてしまったらもうどうにも出来ないからだ。閉店後の簡単な作業をして終了になった。キャストは送迎のスタッフがいてそれぞれ送り届けるらしい。
最後の帰り際主任が「明日も来てね」と言った。多分初日で音を上げて来なくなってしまう人が多いのだろうなと思った。「お疲れ様です」と言って私は駅へ向かった。足がパンパンで思ったように動かない。足を引きずりながら歩き明日は筋肉痛だろうなと思った。キャバクラの世界は客の目線で見ていた頃とは明らかに違った。ウェイターなんて人間の扱いをされてない。仕事はひたすら辛い。明日からもこれが続いていくのかと少しげんなりしたが、これで辞めてしまっては前の会社を辞めてまで水商売に転職した意味がないと思い、やれるだけやってやるという気持ちになっていた。
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