西日本で衝撃を受けたパンでサッカーフォーメーション組んでみた②
前回の記事に続いて、攻撃陣の紹介をしていく。
サイドハーフは、右からでも左からでもクロスを入れられる、クロッサーを選んでいる。パンにおけるクロッサーとは、肉や魚、乳製品や野菜など、メインの食事にピタリと合わせるパスを入れられる所謂食事パンである。食事パンとは、料理をより美味しく愉しむためにつくられたパンで、食パンやバゲットのことを指す。世の中に食パンやバゲットは数多とあるが、パスの精度を深ぼると、底が見えない程深い。パンの生地の甘さを抑えて、あくまでサポートに徹する形も大事だが、かと言ってボールに力がないと、受けてまで届くことは無いという非常に難しいポジションなのだ。
後ほど紹介するが、この難しい食事パンのクオリティが高いパン屋さんは、地域の高級レストランに支持され、卸を行うこともある。
まずは、左サイドハーフは熊本県熊本市「TORTUE pain(トルチェパン)」から「トルチェパン」である。店名がそのままスペシャリテ、看板メニューとして展開されている。
トルチェパンは国産小麦キタノカオリを使った高加水のモチモチパンである。中の生地はモチモチだが、外側はサクッとした食感で、そのバランスが絶妙なのだ。筆者はこのパン単品でも大好きなのだが、ホットサンドとして他の具材と合わせると非常に美味しい。実際トルチェパンは、熊本県内のレストランやカフェに卸を行っており、提供先のカフェのホットサンドは激ウマであった。エビとアボガドのホットサンドを食べてみたのだが、外側のサクッと、生地のモチっと、そしてエビとアボガドの美味しさがマッチして、ホットサンド全体の総合力が物凄く高いと感じた。世の中に肉の美味しいハンバーガー屋さんがたくさんあるが、間の肉だけで無く、バンズに力を入れることができれば、もっと美味しくなるはずだと本気で思う。
ミシュランで星を獲得するようなレストランでも、自家製では無く、パン屋さんから仕入れているケースも多い。例えば、記事冒頭で殿堂入りとしてご紹介させて頂いたLe Sucre-Coeur(ルシュクレクール)。ルシュクレクールのWebサイト内で卸先のレストランが紹介されている。見て頂ければお分かり頂けると思うが、名店中の名店だらけである。筆者も実際、焼き鳥の超人気店でルシュクレクールのパンに出会ったことがある。コース料理で鳥バーガーが出てきたのだが、バンズはルシュクレクールからとのことであった。
続いて、もう一方のサイドハーフ。右ハーフは高知県幡多郡「EarlyBird The BreadStand(アーリーバード)」から「セサミ食パン」である。
こちらのアーリーバードの食パンは、オーガニック小麦と天然酵母を使用したドイツ食パンである。オーガニックと聞くと、筆者としては、味を犠牲にしているイメージだが、こちらのパンは全く違った。はちみつや卵を使わないシンプルなパンで、添加物も使わず、塩や砂糖もできるだけ少ない、非常に優しい味。食感も高加水で非常に口溶けが良い。3日間じっくり長時間発酵させてパンを焼き上げているとのことである。この優しく口溶けの良いパンが、メイン料理の付け合わせに非常にマッチするのだ。
アーリーと言えば、元サッカーイングランド代表のデビッド・ベッカムが放つアーリークロスを思い出す。アーリークロスとは、早い段階で蹴り込むクロスのことだが、最前線まで少し距離があったとしても、素晴らしい精度でクロスを放つことができるがベッカムの凄いところである。オーガニックでも、添加物不使用でも、塩や砂糖もできるだけ少なくしても、美味しいパンはできるのだ。
ミッドフィルダーの最後はトップ下、司令塔とも言えるパンである。ここは、フランスパンの代名詞、バゲットから選出したい。Baguette(バゲット)はフランス語で杖という意味で、フランスの家庭で最もよく食べられるパンである。材料は、小麦粉、塩、水、酵母のたった4種類のみなので、パンの中で1番技術の差が出るパンだ。
栄えある、ミッドフィルダーの中央に選ばせて頂いたのは、京都府京都市「AND Bread Kitayama(アンドブレッドキタヤマ)」の「ブレンド国産小麦のバゲット」である。
筆者は500店舗以上まわって、正確に数えてはいないが、100本ぐらいのバゲットは食べているのではないかと思っている。その中で、1番を選ばせて頂いた。このバゲットを別の言葉で表現すると、1番小麦を感じることができるパンである。本当に小麦を食べている!ということを感じることができるのだ。
国産小麦のみを数種類ブレンドされた生地は、水の硬度や酵母を厳選し、小麦の味が引き立つようなパンに仕上がっている。小麦が数種類ブレンドされていることで、その複雑味が非常に味わい深い。また、食感も高加水でモチっと、口溶けが良い。アンドブレッドキタヤマのドアを開けると、正面の壁に「千葉さんの美味しさの追求」という、修行先のシェフであり、パン業界のレジェンド、シニフィアンシニフィエ志賀シェフのサインが書かれている。国産小麦の扱い方、高加水の口溶けの良さは、志賀シェフから引き継がれているものかもしれない。
以前、グルメな飲食経営者の知人に「かたいパンはどこも一緒でしょ」と言われたので、アンドブレッドキタヤマのバゲットを買って持って行ったのだが、喜んで食べて頂いた。普段あまりバゲットのようなハード系のパンを食べない方でも、明確にその良さが分かると思っている。
最後はフォワード陣である。フォワードはパンチの効いたパンを選出させて頂いた。
まずはセカンドトップは、福岡県うきは市「ぱんのもっか」の「塩バターフランス」である。
有塩バターがたっぷりと染み込んだ、外はサクサク、中はモチモチ、そして口の中にバターの味がジュワッと広がるパンである。珍しい形をしているので、まさか塩バターという文字が出てくると思いもよらなかった。塩バターパンというと、一般的にはロールパンのような丸い形をしていることがほとんどだが、ハード系なので、見た目も食感も、予想を超える驚きのパンである。
こちらのぱんのもっかは、人口約3万人の福岡県うきは市に位置し、伝統的な白壁の街並みが有名である。そんな風情ある景色の中、突如として駐車場の警備員さんが現れて驚いた。運良く店前で車を停めることができたのだが、入店には大行列で30分ぐらいは並んだのではないかと記憶している。既に登場したオリビエレインがある福岡県八女市は約6万人。前述のアーリーバードの高知県幡多郡は約1.6万人。筆者の感覚では、各都道府県、どんなに人口が少なくても1-2店舗は、ぱんのもっかのように県外から人が集まる店舗がある。機会があればまた紹介していきたい。
最後に11人目、最前線はガッツリパンチ力のある菓子パン、石川県野々市「NiOR(ニオール)」から「あんバターサンド」である。
菓子パンも前回解説した惣菜パン同様、使っている具材、素材、そしてパン全体のバランスが非常に重要である。あんバターサンドの主役と言えば、やはりあんこ。ニオールのあんバターサンドに使うあんこはPATISSERIE OFUKU(パティスリーオフク)から仕入れているのだが、実はパティスリーオフクは1919年創業の和菓子店「お婦久軒(おふくけん)」が、4代目でパティスリーになったお店であり、現在も和菓子を販売されているのである。元和菓子屋さんのあんこなので、美味しくないわけが無い。お婦久軒時代から名物の「あんどーなつ」は今でも大人気。その昔、金沢の女学生が学校帰りに買い食いしていたのだとか。
話を戻そう。あんことバターを挟むのは、トラディションというパンである。Tradition(トラディション)はフランス語で伝統を意味し、20世紀後半、大量生産の方向に向いてしまったバゲットとは違った新しい基準で作られたパン。基準は違うが、バゲットのようなシンプルなパンとイメージして頂いて問題無い。ニオールの店内に入ると、キッチンの薪窯が見えるのだが、トラディションもそこで焼かれる。薪窯は通常の電気オーブンより大きな熱量で焼くことができるため、パンの水分を逃がすことなく内部までしっかり焼くことができるという特徴がある。水分をしっかり含んだパンは、あんこ、バターと上手く絡み合って咀嚼できるわけだ。少し温めてバターを柔らかくして食べるのがベストの食べ方である。
こちらのニオールは、前述のトルチェパンやルシュクレクールのように、石川県内のミシュラン星付きレストランなど、様々な飲食店にパンを卸しており、優秀なクロッサーを多く抱えるパン屋さんでもある。
これで11人のパン、全て紹介させて頂いたので、フォワードから順にまとめておく。
FW(フォワード)
ニオールのあんバターサンド 石川県野々市市
ぱんのもっかの塩バターフランス 福岡県うきは市
MF(ミッドフィルダー)
アンドブレッドキタヤマのブレンド国産小麦のバゲット 京都府京都市
アーリーバードのセサミ食パン 高知県幡多郡
トルチェパンのトルチェパン 熊本県熊本市
オリビエレインの八女抹茶のブリオッシュ 福岡県八女市
ルグランバロンのブレッツェル 山口県周南市
DF(ディフェンダー)
ブランジェカイチの牛スジ煮込みパン 福岡県福岡市
ビブレアーティザンブレッドのじゃがバタフランス 愛媛県松山市
パブリックのオリーブとチーズのロデヴ 岡山県岡山市
GK(ゴールキーパー)
ルコションドール出西のキーマカレーパン 島根県出雲市
衝撃を受けたパンの特徴としては、惣菜パンと菓子パンに関しては、材料とバランス。食事パンに関しては、生地の味、風味、食感。それらにどこまでこだわっているかが重要になっていると、書いていて大いに感じた。ただ、パン屋さんにとって難しいのは、こだわったからと言って、それがしっかり売価に反映されて、売上と利益が向上するとは限らないということである。つまり、創作(クリエイティブ)と経営(マネジメント)は全く別物なのだ。例えば、パンの酵母、惣菜パンの具材も全て自家製というパン屋さんがオープンしたとする。最初は、そのこだわりから行列ができたが、スタッフは疲弊し、突然の退職。売価に見合った商品や接客サービスの品質維持ができなくなり、口コミサイトは荒れて、リピートするお客さんがいなくなってしまう。それでも高い家賃やオープンのための借金を支払うために、オーナーシェフは毎日徹夜に近い状態でこだわりのパン作りに励まなければならない。そんなことが起きてもおかしく無いのがパン屋さん経営の難しいところである。日々、創作と経営の課題に立ち向かうパン屋さんのことを本当に心から尊敬する。
機会があれば、ベーカリー経営についても深ぼって記事を書いてみたい。
追記:今回ご紹介したパンのいくつかは、パンのサブスク「パンスク」で出逢えるかもなので、興味のある方は是非チェックを✨
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?