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世界トップシェフの系譜①

世の中には色々なレストランの格付け、ランキング付けメディアが存在する。世界的に有名な「ミシュラン」であったり、WEBサービスの「食べログ」なんかもそうである。それぞれ独自の評価基準があり、格付け上位のレストランは予約困難店であることが多い。筆者は、以前レストラン紹介サイトを作っていた経緯があり、当時その格付け方法を(筆者独自の呼び方で)「集合知」と「専門知」に分けて考えていた。

集合知:大多数の評価を集めて順位を決める方式。
「食べログ」「La Liste(ラ・リスト)」「Zagat(ザガット)」など

専門知:専門家の評価を集めて順位を決める方式。
「Michelin(ミシュラン)」「Gault et Millau(ゴ・エ・ミヨ)」「The World's 50 Best Restaurants(世界のベストレストラン50)」など

集合知は、大衆が評価し、専門知は専門家が評価を行う。今回注目するのは「世界のベストレストラン50」。世界26の国と地域で、それぞれチェアマン含めた40人の専門家(投票者)が組織され、合計1040人が順位を決めるという方式である。専門知のカテゴリーでは、基本的に評価は覆面調査員が行うが、その調査員に国や正社員という色がついてしまうと、評価に偏りが出てしまう。毎年更新で、調査員の国と地域が世界にばらけており、さらに自国への投票数を制限している世界のベストレストラン50は、旬な世界のレストラントレンドを見るという意味で非常に有効なツールであると考える。

前置きが長くなったが、本記事では2002年から始まった世界のベストレストラン50を振り返り、タイトルの「世界トップシェフの系譜」を調べていきたい。系譜と言っても、日本の師弟関係や後継、暖簾分けのような厳格なものでは無い。海外では、シェフが修行で数ヶ月働いただけで、〇〇出身とメディアが取りあげたりする。しかし、これは経歴誇張というようなネガティブなことでは無く、現在のシェフの創作物を考える上で非常に重要な要素だと考えている。「このシェフ、このレストランの表現は、この経験が影響しているのか」ということがわかると、自ずと系譜の意味が炙り出されるからだ。

シェフの系譜2000

世界のベストレストラン50の評価対象は、地球上の全てのレストランということなので、地球上の数億のレストランの中から、50に選ばれるだけで凄いことではあるが、ここでは上位3位に絞って見ていきたい。

2000年代は、まさにEl Bulli(エルブリ/現地カタルーニャ語ではエルブジの発音に近い)の時代であったと言える。8年間で5度のNo.1獲得に加え、ミシュラン3つ星も獲得している。また、エルブジは料理界の概念を全くの新しいものに変えてしまっただけでなく、今や伝説となってしまった「1年のうち、160日間しか営業しない」「営業日以外はラボにこもって、来年のメニューのための研究を行う」「160日×46席/日=7,360席/年に対して、200万件の予約が殺到」など、多くの逸話が残っている。世界一予約の難しい店と呼ばれていたのはその所以である。

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エルブジを語り出すと、1記事ではおさまらないコンテンツが書けてしまうが、今回1つ注目したいのが、「分子ガストロノミー」というキーワードである。聞き慣れない言葉かもしれないので、まずウィキペディアから引用する。

料理の過程で食材が変化する仕組みを分析して解明し、科学的観点で、調理技術とガストロノミー上の現象を社会的、芸術的、技巧的要素で解明するものである。

例えば、玉ねぎは加熱すると、甘くなる。これは加熱によって辛み成分である硫黄化合物が揮発や分解によりなくなると同時に、細胞壁が壊れて糖分が細胞の外に出ることで甘さを感じることができるようになるからである。例えば、生の海老を茹でると、赤みがかる。これは生きている海老の色がアスタキサンチンとタンパク質が結合した物質の色であり、それが加熱によってタンパク質が変化し、アスタキサンチンとの結合が切断されることによって、アスタキサンチン本来の赤い色になるからだ。このように、料理の過程で食材の味や色が変化する過程を科学的に分析する学問が分子ガストロノミーと筆者は理解している。

この学問は18世紀から食科学として存在しており、近代に入っても世界の物理学者を中心に研究がされていた。シェフは一般的には科学者では無いので、エルブリの料理長であったFerran Adria(フェラン・アドリア)は、料理のクリエイティビティを徹底的に追求する中で、それがたまたま分子ガストロノミーであったのであろう。世間ではアドリアは分子ガストロノミーの提唱者や第一人者と呼ばれているが、分子ガストロノミーという学問を広めたわけでは無く、実践的な新しい調理法を広めたのだと筆者は考えている。実際、よくフレンチでも見かける泡状の料理は「エスプーマ」と言って、アドリアが開発した料理である。近年日本ではラーメンでも取り入れられていて、筆者の地元の大阪では、ミシュランのビブグルマンに掲載された「ふく流らーめん 轍」や、元フレンチシェフが展開する「中華蕎麦 葛」が泡系ラーメンとして非常に人気となっている。


そのエルブジの背中を常に追いかけ、2004年にミシュラン3つ星を獲得し、2005年に世界No.1を獲得したのが、「The Fat Duck(ザ・ファット・ダック)」である。創業者はHeston Blumenthal(ヘストン・ブルメンタール)。彼の経歴は非常に面白い。大学卒業後の1984年、夢であったシェフへの道を歩み始めたが、すぐにシェフを辞めてしまう。「野菜を茹でる時、なぜ塩を振るのか?」「デザートのスフレはなぜ膨らむのか?」その疑問に就業先の先輩シェフは誰も答えることができず、行き詰まってしまったというのだ。つまり、料理の原理、先ほどの分子ガストロノミーに通ずる部分である。そこから10年もの間、別の仕事をしながら化学や物理を独学で学び、1995年、満を持してザ・ファット・ダックをオープンしたのだ。

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ザ・ファット・ダックの提供する料理は非常にユニークなものであった。ブルメンタールはエスカルゴのお粥、ベーコンエッグ味のアイスクリームなど様々な料理を考案し、中でも特徴的なのが、聴覚を刺激する料理である。「海の音色(Sound of the Sea)」と名付けられた料理は、稚ウナギ、マテガイ、カキ、海草といった海の食材を、砂浜に見立てたタピオカの上に盛りつけ、味覚や視覚、においや食感を刺激し、さらにiPodを使って海の音色が流れるという、まさに五感を刺激する料理なのだ。

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「モノでは無く、体験を売る」という、まさに顧客体験価値最大化である。世界のトップオブザトップのレストランは、ただの美味しいではおさまらないのである。当初筆者は、2000年代は分子ガストロノミー全盛期であると結論付けようとしていたが、トップシェフの創作物とその背景を学び、「分子ガストロノミーによって顧客体験価値最大化を目指した時代」と纏めたいと思う。

ちなみに、世界No.3に3度輝いている「Pierre Gagnaire(ピエール・ガルニェール)」もフランスの物理化学者Hervé This(エルヴェ・ティス)と協力し、分子ガストロノミーに取り組むシェフである。また、2003年にNo.3に入っている「Le Louis XV(ルイ・キャンティーズ)」のAlain Ducasse(アラン・デュカス)とは、同じフレンチシェフとしてよく比較されており、正統のアラン・デュカス、前衛のピエール・ガニェールと呼ばれていた(前衛は時流の最先端に立つという意)。

補足だが、世界のベストレストラン50は決して時流の最先端だけを評価する格付けでは無いと筆者は考えている。ただ、評価基準に「旬な、今行きたいレストラン」が入っているという意味では、最先端は1つのアドバンテージになり得るかもしれない。2000年代は、分子ガストロノミーを料理に取り入れることが最先端であり、多くの顧客を感動させたのだ。

しかし、エルブジがリードした「分子ガストロノミーによって顧客体験価値最大化を目指した時代」も、2011年7月30日、エルブジ閉店によって突然終わりを迎える。閉店日のアドリアの説明を要約すると、「料理の創造にもっと多くの時間を使いたい」とのことであった。


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