遊びをせんとや 生まれけむ
「にーらめっこしましょ、あっぷっぷ!」
にらめっこしよー!と寄ってくるのは我が家の長男、小学校2年生。彼はにらめっこをするのが好きだ。
しかし、からきし弱いのである。
8年生きてきて、たぶん一度か二度しか勝ったことはないと思う。ほぼ負けの人生。
お母さん、にらめっこしよー!
の時点でもう笑っている。ニコニコ。
いいよーと答えると、一瞬きゅっと表情をひきしめる。ひきしめるのだが、口もとの一部がほんの少しだけ、変に力が入っているのがわかる。目は真剣だが嬉しそうな色がよぎる。
「にーらめっこしましょ、あっぷっぷ!」
彼は私を見る。目が合う。目と口がゆるんで崩れる。瞬殺。
「笑わないぞ!」と力んだ時点で詰んでいると思う。私は変顔はしない。「無」になって、いや「強めの無」になって彼をじっと見つめるだけだ。それだけなのだが、それ一点で8年間彼に勝ち続けてきた。
負けることをわかっていて挑んでくる。いや、真剣に勝つつもりなのだろうが、負けても喜ぶ遊びがにらめっこ。あーまた負けちゃったと言ってニコニコしながらもう一回やろう!のループである。
くすぐりも好き。
「いっぽんばしこちょこちょ」
いっぽんばーし こーちょこちょ
たーたいて つーねって
かーいーだーん のーぼーって
こちょこちょこちょ〜
足の裏に指でとんとんとしながら歌う。
階段をのぼる時には指が歩くように体幹へ向かう。そのじわじわやってくる〜やってくるぞ〜の感じがたまらないらしい。
もう、たたいてつねって、くらいから逃げたい、けどどうしよう〜の気持ちが増してきて、階段を一歩ずつのぼってくる、くる、きたー!である。何度もやると予測がついてしまうので、時々階段を「おりる」ようにしている。…あれ?って顔がまた面白かったのは、もっと小さい頃の懐かしい話。
負けても楽しい、わかってるけど楽しい。
遊びにふくまれている豊かなものを感じるたびに、子どもの尊さを思う。
果てなく続くもういっかい!には、辟易してしまうけれど。
いつだって、真剣に遊ぶからおもしろいんだ。
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