『挽肉と米』が目指す、飲食の新しい可能性
「日本の飲食業界は、もっと価値を上げていけるのでは?」
「挑戦心あふれる人たちが、食の分野で活躍できる環境をつくりたい」
挽きたての肉を使用した、焼きたてのハンバーグを、炊きたてのご飯と一緒に味わう『挽肉と米』。この新業態をはじめた背景には、『挽肉と米』CEOの山本昇平(やまもと・しょうへい)の上記のような想いがあります。『挽肉と米』が挑んでいる飲食の新しい可能性とは何か。山本にその展望を語ってもらいました。
飲食をもっと面白い業界に変えていくには?
はじめまして、『挽肉と米』CEOの山本です。23歳の頃に現在の『山本のハンバーグ』となるハンバーグ専門店を出店し、飲食一筋で20年近く働いてきました。
僕が思う飲食の仕事の魅力とは、一から十まで全て自分たちが作り上げたもので、目の前のお客さまに喜んでいただくことです。
自分たちがデザインした空間で、自分たちが調理した商品で、自分たちが設計したオペレーションで、自分たちが考えたサービスを提供する。それはものすごくクリエイティブな仕事だし、めちゃくちゃ楽しい仕事だと思っています。
一方で、「飲食業界には人が集まらない」とよく言われます。その理由は色々あると思いますが、他の業種と比べて利益率が比較的低く、スタッフの報酬を高めたり、福利厚生を充実させにくい構造が大きな要因となっていると感じています。
従来の飲食業における成長とは、店舗数を増やして、会社全体の売り上げを高めることでした。ただ、店舗を増やしていくと、スタッフの人数も同時並行で増えていくので、一人当たりに多くの金額を払うことができません。
けれど、利益率が高ければ、頑張ってくれているスタッフに多くを還元でき、お店のクオリティは高まっていきます。こうした健全な循環を作っていくことで、飲食業界はより面白い業界になっていくはずです。
この業界構造をどうにか変えていきたい。店舗数を増やさず、利益率を高めていく可能性にチャレンジしたい。そうした想いが出発点にありました。
“食の体験”をコンテンツとして世界に届けたい
そのなかで、大きな可能性として見出したのが、「食の体験」を一つのオリジナルコンテンツとして捉え、その価値を高めていくことです。
例えば、エンタメであればアニメやマンガ、ITであればアプリやプログラム。そのようなオリジナルコンテンツは、世界中の人々や様々な企業がそれらを使用することで、コンテンツを創り出した企業に大きな利益が返ってきます。だからこそ、多くの優秀なクリエイターがその業界に参入しているわけですよね。
飲食においても、調理の仕方や店舗での体験の形など、オリジナルコンテンツと呼べるクリエイティビティは存在します。
エンタメやITと同様に、そのコンテンツが海外の人たちから見ても魅力的だと感じられれば、世界中に展開することができる可能性があります。国や地域ごとに信頼できるパートナーとライセンス契約を結び、ロイヤリティを得ることで、直営店舗数を増やさずに利益率を向上させていくことが可能となるわけです。
とはいえ、ひとつの店舗で実装できた体験を多店舗に展開し、安定的にお客様に提供していくことは簡単ではありません。体験が複雑であるほど、スタッフに求められることも複雑になり、再現性が低下するとコンテンツの価値が損なわれてしまう可能性があります。
どうすれば、日本国内はもちろん、海外からも魅力を感じてもらえるようなコンテンツにできるか。その上で、どんな国や地域でも高い再現性をもってお届けできる体験にできるか。
そのことを念頭に、つくり込んでいったのが『挽肉と米』です。
体験へのこだわりから生まれた『挽肉と米』
『挽肉と米』では、「挽きたて、焼きたて、炊きたて」をコンセプトとして、出来たての最高の瞬間を提供するという体験にこだわって、店づくりをしています。
高級な天ぷら屋さんや鉄板焼き屋さんを見てもわかるように、目の前で調理され、出来たての料理を食べることに対する魅力は世界共通です。体験として、ものすごくワクワクします。
また、挽肉は世界中の様々な料理に使われていて、世界中の人にとって馴染みのある食材です。一方で、ハンバーグという食文化を海外の人はほぼ知りません。「挽肉はこういう食べ方をすると最高においしいんだよ」という提案とセットになった体験は、アメージングな体験として世界中の人を惹きつけるのではないかと考えました。
そのため、『挽肉と米』では、コンセプトを実現するために必要なこと以外は全て削ぎ落としています。「挽きたて、焼きたて、炊きたて」を味わいたいお客さまの期待に応える。その一点だけをとことん追求しています。
だから、メニュー自体も『挽肉と米 定食』の1種類だけ。シンプルにおいしいものを提供するスタイルなので、お店の内装も必要のない飾りはしていません。僕たちがお客さまに提供したい体験を、ちゃんとしたクオリティで提供するためのレイアウト。また、主役であるお肉とご飯が引き立つように光、素材、色にこだわりました。
そうした積み重ねの結果、コンテンツとして魅力溢れるものに磨き上げることができたのではないかと感じています。『挽肉と米』が大切にしていることを、しっかりと共有できれば、どんな国や地域でも『挽肉と米』の体験をお客さまに届けることができるはずです。
一番重要なのは最前線で働くスタッフ
ただ、どんなにコンセプトが魅力的で、どんなにコンセプトに沿って商品設計や店舗デザインを整えていったとしても、それだけでは確固たるコンテンツにはなり得ません。
『挽肉と米』の体験価値を高めるために一番重要な要素は何か。それは、最前線でお客さまと向き合うスタッフの存在です。
お客さまの目の前にある大きな釜で米を炊き上げ、焼きたてのハンバーグを提供し、「どうぞ、ガブッとかぶりついて食べてみてください」と心を込めてお客さまに伝える。『挽肉と米』が提供する体験はシンプルですが、それを常に100点満点の状態でお客さまに提供し続けることは簡単ではありません。
簡単ではないことをコツコツとやり続けていく。そうして期待通りの体験が積み重なることで、コンテンツとしての価値が高まり、「自分たちの国や地域で『挽肉と米』を展開したい」という問い合わせに繋がることが期待できます。
『挽肉と米』が世界を席巻できるかは、スタッフのみんなの継続的なパフォーマンスによるところが大きいわけです。だからこそ、ライセンス契約によるロイヤリティで得た利益はしっかりとスタッフに還元していきます。
いいお店をつくれば、それが価値となり利益が増え、よりよい待遇につながる。そんな循環をつくり、従来の飲食店ではあり得ないような報酬が払われる会社を目指していきます。
『挽肉と米』が目指す、フラットな組織とは?
飲食業界では、優秀な人ほど現場から離れて、エリアマネージャーやスーパーバイザーなどの管理職に就くことで、給与をあげていくことが一般的です。
ですが、『挽肉と米』では違います。コンテンツ価値を高めるために一番重要なのは最前線で働くスタッフという考えから、優秀な人ほど現場に立ってもらいたいと考えています。
なぜなら、お客さまに提供する体験のクオリティを高めつつ、他のスタッフのいい見本になってもらいたいからです。
現場に優秀な人材が揃っていて、いい調理や接客を安定的にお客さまに提供することで、お店の価値が高まっていく。『挽肉と米』はピラミッド型の組織ではなく、管理職を極力設けないフラットな組織を目指していきます。
こうしたフラットな組織づくりは、『挽肉と米』が直営店を増やす多店舗展開を目指さないからこそ実現できるモデルでもあります。従来の飲食業界の企業とは違う組織のあり方を、実現させていきたいと考えています。
もちろん、誰がどのタスクを担当しているかを明確にするために、店舗内において店長や〇〇担当といった役割は存在します。ただ、それはあくまで役割であって、誰が偉いとかそういうものではありません。スポーツチームにおける、ポジションの違いのようなものです。
実際、肉の焼き方ひとつとっても、商品の提供の仕方ひとつとっても、スタッフのみんなと話し合いを重ねながら、細かく変えてきました。ハンバーグにつける薬味や、ドリンクで提供するサワーも、スタッフのみんなに企画してもらったりしています。
僕がトップダウンで指示を与えていくのではなく、コンセプトに基づいて、みんなでベストなお店のあり方を追求していく。働くスタッフ全員が「自分の店」だと感じられる。そんなチームを目指しています。
世界での勝負に欠かせない、デザインの力
また、『挽肉と米』のチームを語る上で欠かせないのが、クリエイティブパートナーであるPOOL inc.の存在です。
株式会社挽肉と米は、POOL inc.の小西利行さんとLAMPの清宮俊之さんと共に立ち上げた会社で、POOLはパートナーというより身内のような間柄だと感じています。
デザインとは、自分たちの信じる価値を、世の中に正しく伝える導線として欠かせないものです。『挽肉と米』のアイデアを持っていたのは僕ですが、そのアイデアがコンセプトとして明確になり、お客さまに魅力的に伝わっているのは、POOLチームのおかげです。
コンセプト開発からブランドロゴ、スタッフのユニフォームから店舗で使用する各種ツール、店舗の内装デザインのディレクション、SNSを中心としたPRなど、一気通貫で『挽肉と米』というコンテンツをデザインしてくれています。
デザインを依頼する発注先ではなく、『挽肉と米』を一緒につくる仲間として、忖度のない深い議論ができています。そういうクリエイティブパートナーが存在しているのは、本当に幸運なことです。
『挽肉と米』は海外での展開に力を入れていきますが、様々な地域や国で暮らす方々に『挽肉と米』の魅力やこだわりを伝えていくにはデザインの力は必ず重要となります。POOLと一緒に挑戦していくことにワクワクを感じています。
海外で活躍する『挽肉と米』メンバーたち
海外展開を視野に入れてスタートした『挽肉と米』ですが、23年7月にオープンした台湾の台北中山店は海外ライセンス1号店です。株式会社挽肉と米とは違う会社が運営母体となり、店長もスタッフも現地のメンバーです。
もちろん、僕らもパートナー企業と一緒に汗をかいて伴走しています。直営店ではありませんが、気持ちとしては直営店のような気持ちでサポートしています。
台北中山店はオープンして間もないため、現在は株式会社挽肉と米に在籍する日本人スタッフ2名が台湾へと渡り、『挽肉と米』が大切にしてきたことを新店舗のメンバーに伝えています。少なくても数ヶ月は、向こうで頑張ってもらう予定です。
こうしたライセンス契約した海外の店舗を、2030年までに30店舗まで増やしていくことを計画しています。アジアの幾つかの都市では具体的な計画が既に進行中です。また、台湾に出店したことで、欧州や北米など様々なエリアから相談をいただいています。
今後、海外展開を進める中で、海外店舗をサポートするために海外で働く『挽肉と米』のメンバーが増えてくるはずです。また、ライセンス契約の締結にあたり、海外の企業との窓口を担当してもらうスタッフも必要となります。
実際、海外で働くことに興味をもって、『挽肉と米』に入社するメンバーも増えてきています。「日本の食を世界に広めていくことに挑戦したい」という意欲ある人にとっても、『挽肉と米』は面白いと思います。
一方、国内においては、23年8月に福岡・今泉にも『挽肉と米』がオープンしましたが、それ以降は直営店を増やす予定は今のところありません。魅力的な物件があったり、スタッフの成長が伴えば出店することはありえますが、積極的な新規出店は考えてはいません。
海外でライセンス契約をしたお店が増えていっても、国内の直営店の数が増えていくと、利益率が高まらないため、国内においては既にある『挽肉と米』の直営店における体験価値をどんどん高めていくことに注力していきます。
『挽肉と米』のもうひとつの野望
株式会社挽肉と米では、『挽肉と米』を世界に広げることに加えて、もうひとつ挑戦したいことがあります。それは、様々な地方自治体や地方にある企業に対して、地域の食の魅力を再発見するような食のコンサル業をすることです。
『挽肉と米』では、店舗スタッフに高い報酬を払うことができるようになることで、優秀なスタッフが育ったり集まったりすることを想定しています。
企画力・調理力・サービス力・空間デザイン力などに優れたメンバーが揃っている『挽肉と米』のチームで、日本各地の食材や環境を活かした「食の新しい魅力づくり」をしていきたい。それを通じて、飲食に関わる人が培ってきた経験値は、もっと幅広く社会に貢献できるものであることを実践していきたい。そうした想いが、この構想にあります。
『挽肉と米』に集まる優秀な店舗スタッフが現地に派遣されて、自分たちの直営店のように店を立ち上げて、現地メンバーに教育して任せられるようになったら、引き継いで戻ってくる。戦略の部分にフォーカスして支援する一般的なコンサルと違い、一緒に併走していくような実務的なコンサルをしたいと考えています。
日本各地には、素晴らしい魅力を持つ地域がたくさんあります。『挽肉と米』で実践してきた考え方を用いて、その土地ならではの食材やロケーションを活かして、そこでしか体験できない美味しい瞬間をつくり、地域の価値を新しくつくっていきたいです。
『挽肉と米』では優秀な人材は現場に立ち続けてもらいたいと話しましたが、店舗で活躍し続けてもらいつつ、こうした新企画の際の責任者として活躍してもらえたらと考えています。
優秀な人材が『挽肉と米』に集まり、POOLのような異業種のパートナーの存在があれば、こうした展開は決して夢物語ではありません。『挽肉と米』というコンテンツを育てながら、新しい企画にもチャレンジ精神旺盛な人が仲間に加わってほしいと思います。
誇りをもって飲食で働き続けられる未来へ
繰り返しになりますが、飲食の仕事の魅力とは、一から十まで全て自分たちが作り上げたもので、目の前のお客さまに喜んでいただくことです。
自分たちが一所懸命に考えたものに対して、「おいしかったです!」「また来ます!」とダイレクトにお客さまからリアクションをもらえる。こんなに嬉しいことはないし、ものすごくやりがいを感じられます。こんな仕事はなかなかありません。
ただ、働く環境という点で飲食という仕事を見ると、給与が低かったり、色々な条件が整っていなかった過去があります。
飲食という仕事は「もっと楽しいし、もっと価値があるよ」と世の中に伝えていきたい。そのことを精神論として唱えるのではなく、「実際に稼げる」ところまで作りたい。
そして、飲食で働くことで身につくスキルは、こんなに社会に広く役立てるんだと証明していきたい。それによって、飲食業界にどんどん魅力的な人材が集まり、日本の食を盛り上げていきたいです。
日本の飲食というコンテンツは、世界に対して勝負できるはずです。その可能性に期待し、情熱を燃やせる人は、きっと僕らと一緒に働くことを楽しめるはずだと思います。
飲食の楽しさをしっかりつくって、飲食の価値をあげる。そして、一緒に働く仲間たちが誇りをもって、大好きな飲食の仕事を続けられるようにしていきたい。
それが、僕が『挽肉と米』を通じてやりたいことです。
聞き手・文章:井手桂司
写真:三橋拓弥