大学を中退して『挽肉と米 吉祥寺』の店長へ。その決断の理由とは?
2024年6月をもって4周年を迎えた『挽肉と米 吉祥寺』。1号店となる吉祥寺は「挽きたて、焼きたて、炊きたて」のコンセプトを最大限に体験してもらえるようにこだわり抜き、ブランドの思いや世界観が詰まった店舗です。
この吉祥寺の店長をつとめるのが、学生時代から『挽肉と米』で働き、大学を中退した後、22歳の若さで店長に就任した田中のぞむです。なぜ挽肉と米で働こうと思ったのか。店長として、どんなことを意識しながら日々働いているのか。挽肉と米のCEO、山本昇平(やまもと・しょうへい)も同席のもと、田中に話を聞いてみました。
とにかく明るく元気よくが、自分のスタイル
── 今回は田中さんを深堀りしていきたいのですが、『挽肉と米』で働き始めた理由は何だったのですか?
田中:学生時代にアルバイトとして働きはじめたんですが、バイト先を探す中で『挽肉と米 渋谷』のオープニングスタッフの求人をたまたま見つけました。
当時は特に飲食業に興味があったわけではなく、仕事内容にもこだわりはありませんでした。サークルでスキューバダイビングをやっていたんですけど、バイトで貯めたお金は全てダイビングや飲み代に使っていて、基本的にちゃらんぽらんな大学生でした(笑)。なので、バイト先もいろいろなところを転々としていました。
ただ、既存の環境に飛び込むのが得意ではなかったので、働くならオープニングスタッフがいいと思っていたところ、『挽肉と米 渋谷』の求人を見つけました。立地も良かったので、とりあえず受けてみようくらいの軽い気持ちで応募しました。
そのため、『挽肉と米』がどんなお店かも知らず、人気店であることも当時は全く知りませんでした。お店がオープンしてから、「こんなにお客さまが大勢来るお店だったんだ、すごい!」と驚いたのを覚えています(笑)。
── 働きはじめた当初、仕事を覚えるうえで苦労したことはありましたか?
田中:アルバイトスタッフはホール業務が中心になるんですが、実はあまり人と話すのが得意ではなくて。『挽肉と米』はお客さまとのコミュニケーションを大切にしているお店だと理解していたものの、気の利いた会話が全くできず、お客さまと上手く接することができませんでした。
ただ、ある時、大きな声で「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」と言っていたら、お客さまから「元気があってすごくいいね!」というリアクションをいただきました。それが自分にとってはターニングポイントになりました。
僕としては、店内のBGMの音量も大きいし、大きい声を出さないとお客さまに届かないと思っていただけなんです。でも、そうやって認めてもらえたことで、「細かいコミュニケーションが上手くできなくても、明るく元気な声を出せば、お客さまに喜んでいただくことができるんだ」と気づきました。
それ以降、とにかく明るく元気を自分の強みに頑張っていくことにしました。そのスタイルがお客さまにも、お店にも受け入れられている感じがして、僕自身、『挽肉と米』で働くことがどんどん楽しくなっていきました。
── 渋谷のオープン当初、山本さんも一緒に渋谷で働かれていましたが、当時の田中さんの印象はいかがでしたか?
山本:何事にもまっすぐで、とにかく声が大きかったですね。のぞむん(愛称)が話すと、みんな一度黙るんです(笑)。まるで線路脇で会話をしている時に、電車が通るとみんな一度黙るような。それぐらいの存在感がありました。
『挽肉と米』はどの店舗も明るく元気な雰囲気があると思いますが、店舗ごとに微妙に特徴が異なります。吉祥寺と比べると渋谷は面積も倍以上に広いですし、渋谷という街のキャラクター自体が非常にエネルギッシュなので、そこに僕らも合わせていかないといけない。
そんな中、のぞむんの姿を見て、他のスタッフも「自分もこれくらい元気にやってみよう」と思うことが多かったと思います。のぞむんは活気あるお店の雰囲気をつくるのを引っ張ってくれた存在で、その貢献は大きかったと感じてます。
大学を中退し、社員として入社を選んだ理由
── その後、田中さんは大学を中退し、『挽肉と米』に正社員として入社する道を選びました。どういう心境の変化があったのでしょうか?
田中:やっぱり、自分のスタイルを認めてもらえたことが結構大きくて。『挽肉と米』で働くことが純粋に楽しいと思うなかで、自分ができる仕事の幅を広げていきたいと、色々な挑戦をさせてもらったんですよね。
特に、当時は社員しか担当していなかった焼きのポジションを経験させてもらえたことは嬉しかったです。SNSにはお客さまが投稿してくれた『挽肉と米』の写真がたくさんアップされていますが、焼きのスタッフも一緒に写ることが多く、陰ながら羨ましく思っていました(笑)。それで自分もやってみたいと当時の店長に伝えたところ、任せてもらえることに。
こんな風に『挽肉と米』は自分がやりたいと思ったことを尊重してくれて、新しいことを次々に任せてくれる職場だったので、バイトにどんどんのめり込んでいきました。
一方、バイトやサークルばかりしていたので、大学の単位が全然取れていませんでした。大学4年時に単位を全て取り切れば卒業できたんですけど、結局は取れなかった。大学をもう一年続けるかとなった時に、『挽肉と米 吉祥寺』の店長の枠が空くことを知りました。
色々な挑戦をさせてもらう中で、いつかは店長にも挑戦してみたいと感じた僕としては、チャンスが目の前に転がり込んできたように感じました。その当時は21歳で、「この年齢で店長になれたら、かっこよくない?」と思ったりして。まぁ、今になって振り返ると、その時は店長という仕事のことを何も理解していませんでしたね(笑)。
卒業後は『挽肉と米』で社員として働きたい気持ちも芽生えていましたし、大学をもう一年続けるくらいなら、吉祥寺の店長になれるチャンスがあるうちに社員になってしまおうと。そう考えて、正社員として働かせてほしいと山本さんに相談させてもらいました。
── 田中さんから正社員への相談を受けた時、どのように対応されたのですか?
山本:留年が決まる前から、大学を辞めて正社員として働きたいという相談は何度か受けていました。ただ、ご両親にお世話になって大学に入学しているわけですから、しっかり卒業してからやろうと伝えていました。入社のタイミングが少し遅れても、店長になる道が閉ざされるわけではありませんから。
おそらく、僕以外のスタッフにも相談していて、全員から大学は卒業したほうがいいと言われていたと思います。それでも、『挽肉と米』で今すぐに社員として働きたいと、のぞむんが改めて相談してきました。
だったら、僕らがこう伝えていることも両親に伝えて、その上で自分が思っていることを両親に伝えて、ご両親に了承してもらえるようなら、僕らとしても歓迎するよと伝えました。
── 社員として働く決意が固まった要因として、どんな点が大きかったですか?
田中:純粋に『挽肉と米』というお店が好きだと感じたことですね。お客さまと近い距離で働くことができて、お客さまが喜んでくださる姿を間近で見られる。やりがいをものすごく感じていて、ここでもっと働きたいし、お店にもっと貢献したいと思うようになりました。
また、スタッフの誰と話しても前向きでお互いを尊重する姿勢があり、『挽肉と米』のカルチャーにも惹かれていました。その環境のおかげで、自分の力が100%引き出されている感覚があり、ここでなら色々な挑戦をしながら楽しく働けそうだと感じたことも、入社を決めた大きな理由です。
店長として日々奮闘する中で、自分の課題を痛感
── 店長になることを前提に入社し、入社数ヶ月後に吉祥寺の店長に就任しました。実際に店長として働きはじめて、いかがでしたか?
田中:端的にいうと、店長という仕事を完全に舐めていましたね(笑)。
アルバイト時代は自分のことだけを考えればよかったのが、店長はお店全体のことを見ていかなければなりません。様々な個性をもつスタッフがいる中で、『挽肉と米』らしさを体現しながら、どうやってお店の舵取りをしていくのか。考えないといけないことが多すぎて、頭の中が一杯一杯になってしまいました。
そのせいで報告・連絡・相談が遅れてしまったりと、社会人としての基礎的なこともままならない状態でした。また、社内の会議では他のメンバーが活発に発言している中で、自分だけ意見が全く言えず、自信を急に失っていきました。
── 社会人1年目なので、当然と言えば当然のようにも感じます。おそらく、山本さんはこうなることを予想されていたと思いますが、それでも田中さんを店長に抜擢した理由はなんだったのですか?
山本:やっぱり、店長に挑戦したいと自ら手を挙げてくれるのは嬉しいですし、のぞむんの『挽肉と米』が好きだという気持ちはすごく強かったので、彼の挑戦を応援したいと思いました。それは僕だけでなく、他の社員も同様です。
現時点では安心して店長を任せられるようなスキルや経験はないかもしれないけど、スタッフのみんなが気持ちよく働ける空気感を作っていける存在として、のぞむんには大きな魅力を感じていました。うまくいかないことがたくさんあっても、時間をかけてできるようになればいいし、それまでは僕らがサポートしていけばいいので。
あと、のぞむんの素晴らしいところは、わからないことをそのまま流さずに、誰にでもフラットに意見を聞けて、相手の意見を素直に受け入れられるところです。そういう才能があるからこそ、みんなが店長を任せたいと自然と思えたのではないかと思います。
── 自身の実力不足を感じるなかで、田中さんはどういう風に取り組んでいったんですか?
田中:とにかく他のメンバーにたくさん助けてもらいました。特に吉祥寺には自分より社会人経験が豊富なスタッフが多いので、色々なことを相談させてもらいました。もちろん自分の頭で考えることもしましたが、それよりも色々な人の意見を取り入れながら、より良いお店づくりを進めることが多かったです。
一方で、自分の課題として、もう少し自分の芯を持つ必要があることを感じています。なぜなら、周囲の意見を受け入れすぎて、『挽肉と米』のコンセプトからズレてしまったこともあったからです。店長として、みんなの意見をうまく取り入れつつも、『挽肉と米』が目指す方向性のもと、みんなをリードできるようになっていきたいです。
── 店長に就任してから1年が経とうとしていますが、山本さんの目には田中さんの変化はどう映っていますか?
山本:就任当初と比べると、かなり頼もしくなったと感じます。「その仕事は自分にやらせてください」とのぞむんが言う時、以前は勢いだけで言っている感じでした(笑)。でも、現在はその内容を理解した上で、積極的に手を挙げてくれています。うまくできるかどうかは別として、確実に成長していると感じます。
もちろん、社会人経験も職務経験も少ないので、日々うまくいかないこともまだまだ多いとは思います。でも、それはのぞむんが成長するためのいい機会だと思うので、吉祥寺の店長として奮闘していってほしいですね。
“挽肉と米らしさ”を伝える伝道師になりたい
── 田中さんの今後の目標についても聞きたいのですが、何か考えていることはありますか?
田中:当然かもしれませんが、店長として、『挽肉と米 吉祥寺』を地域から長く愛されるお店へとしていきたいです。『挽肉と米』はどの店舗も地域密着型を目指していますが、吉祥寺は特にその色が濃いと思います。全店舗の中でも常連のお客さまが多く、年間来店数が100回を超えるお客さまもいらっしゃるほどです。
僕自身、顔を覚えているお客さまが何人もいて、そのお客さまがお店にいらっしゃると、「あ、おかえりなさい!」みたいな気持ちになります。友達の家に遊びに来たような感覚で来店いただきたいですし、こうした関係をもっと多くのお客さまと築いていけたら、すごく幸せだと思うんですよね。
『挽肉と米』の他の店舗は外国からのお客さまが多いですが、吉祥寺は地元のお客さまが多く、より深い関係を築きやすい。吉祥寺だからこそ実現できる、アットホームで何度も通いたくなるお店を目指していきたいです。
そして、長く愛されるお店になるためには、スタッフそれぞれのちょっした声がけや気遣いが大事になっていきます。目指しているお店の姿をみんなと共有して、それぞれが『挽肉と米 吉祥寺』らしさを体現できるように、店長として働きかけていきたい。当面の目標としては、ここに尽きると思います。
── 中長期的な目標として、『挽肉と米』で挑戦してみたいことがあれば、教えてもらえますか?
田中:それでいうと、『挽肉と米』らしさを伝える伝道師的な役割として、縦横無尽に動き続けていきたいですね。国内外問わず、どんなお店でも、コンセプトから少しズレてしまう場面は起こり得ると思います。そういう時に、「挽肉と米らしさって、こういう感じだよね」と、みんなに伝えていける存在であり続けたいです。
山本:確かに、のぞむんがアルバイトとして働きはじめた頃は、『挽肉と米』らしさをまだ模索している段階で結構な人間ドラマがあったんですよ(笑)。想いをぶつけあったり、試行錯誤を繰り返す中で、現在の『挽肉と米』らしさが出来上がっていきました。
その過程をのぞむんは一緒に見てきたので、なぜ『挽肉と米』が現在の形になったのかを、自分の言葉で語ることができます。新しく入ってきたメンバーに「うちのやり方はこう」と教えるだけでなく、その背景にある想いまで伝えることができます。
『挽肉と米』は若いスタッフが多いですが、のぞむん自身もまだまだ若く、年齢が近いのぞむんの言葉はスタッフのみんなも受け入れやすいのではないかと思います。『挽肉と米』らしさを伝えていく存在として、のぞむんは貴重な人材だと感じますね。
── 最後に、『挽肉と米』にどんな人が加わってほしいかを教えてください。
田中:やはり、お客さまを喜ばせたいと心から思える人がいいですね。そして、喜んでもらえることで自分が嬉しいと思える人。それが楽しくて、仕事に夢中になれる人。仕事だからお客さまを喜ばせるのではなく、喜んでもらえることが自分の喜びとなる、そんな人が『挽肉と米』に加わってくれたら嬉しいです。
聞き手・文章:井手桂司
写真:三橋拓弥