2024東北一周旅(2日目)
8時に起き、ぼんやりとしていると、せっかく付いていた朝食も温泉も時間が過ぎてしまった。昨日コンビニで買ったおにぎりを食べ、部屋のシャワーを浴びて身支度を整える。ホテルのチェックアウトはいつもなんだか不安だ。不安にならないため、前日のうちに着替え以外の全てをカバンに詰めてしまうようにしているのだが、その結果、当日の朝にあまり入念な忘れ物チェックをしない。それで結果的にチェック不足がないかと不安になる。結局どれだけやっても不安なのだろう。
車に乗り込み、カーナビでルートを確認する。この旅の中では珍しく、今日は目的地がある。本州最北端の地である大間町。大間のマグロとしても知られるここへ昼に着き、マグロ丼を食べる。その後は半島から戻って岩手県の盛岡まで向かう。ただし、最短ルートで指定をすると大間町まで行った後は来た道を戻るルートを推奨される。同じ道を戻るのはあまり好きじゃない。下北半島を一周するようなルートにしたいが、それらの条件をすべて含んだルート設定は一回では難しい。なので、ひとまず大間町までのルートだけをセットする。国道4号線へ出て、陸奥湾を左に見ながら進み、国道279号線に乗り換えてそのまま道なりに進む。むつ市を抜け、恐山の周りを沿うように山間を抜け、津軽海峡へと出る。そのまま半島北側の海沿いをずっと駆け抜けることで到着する。
今日も今日とていまいちな天気が続く。雨が降ったり止んだりを繰り返し、広い空には薄灰色の雲がどこまでも広がっている。だが、それほど嫌な感じはしない。垂れ込めた雲と、どこまでも広がる田んぼ。その結節点にある山脈がとても綺麗だ。一つ一つの山が強さを主張し合った重なりあいではなく、山々が一体となって雄大に寝そべっているかのような、柔らかな印象を受ける。最近こんな景色を見たなぁと思ったら、映画『ルックバック』で見た景色によく似ていた。後ほど調べたらどうも秋田か山形あたりの景色ではあるようなのだが、日本海側から見る山の景色は似ているのだろうか。
ふと目に付いた青森の景色はもう一つ、自分にとって大事な作品を作っていることに気づく。haruka nakamuraの作品だ。彼は故郷が青森であり、彼の初期作品には故郷の景色が色濃く影響しているという。山と海。それらが連綿と連なる景色。どちらも感じる彼の作品はこの景色から生まれるのがなんとも分かる気はした。アルバム『音楽のある風景』を流しながら、山脈を、田園風景を、海沿いの街を、眺めながら走る。
むつ市に入ったあたりから山間へと向かう道すがら、ひたすらにまっすぐとした道が続く。だが、その道は大きく上下にうねっている。いつも長距離を走る時に思う。元ある地形を生かしてその地形に沿った道を作るのと、トンネルや整地によって人に都合の良い道を作る、その差はどこから生まれてくるのだろう。もちろん、その地形のいじりやすさ、コスト、道の使用用途などの諸条件から決定されるのだろうが、ではこれだけまっすぐに通す道を平たんにならさなかったのはなぜだろうか。そもそも元々がこのうねった地形だったとして、いったいどうしてそんな地形になったのだろうか。一つ一つ調べるのにはあまりに時間が少ない。だから何となく不思議な景色として記憶へと刻まれていく。
恐山東側の山間を抜け、下北半島北側の海沿いの道へと出る。小さな海沿いの町が現れては途切れ、また現れては途切れる。海岸沿いによく見られる光景だ。だが、これまで見てきた景色に比べて、とにかく海が広く近い。北海道が地平線のあたりにほんの少し見える程度なので、一面に海と空が広がる。いつもならすべて一続きに見える曇天の雲が、広すぎる空の景色の中でひとまとまりの巨大な塊に見え、そしてその塊がいくつも流れていく。
昼過ぎ、ついに大間町へとたどり着く。本州最北端の地は、その土地柄を活かしてマグロ関係の飲食店と土産物屋が立ち並び、果ての地であるという一種のカタルシスはほとんどない。そのことに幾分がっかりしながら、無料の駐車場に車を停め、海を眺めることのできる海岸へと歩く。雨が強まったり弱まったりし、海岸沿いらしく強い風が吹き、落ち着いて海を眺める余裕もない。平日で人の姿がまばらだったのがせめてもの救いだろうか。というか、そもそも自分はこの最北端の地がどうであってほしかったのだろうか。一つの到達点にたどり着きながらも、何とももやもやした気持ちで昼食の場所を探す。
マグロ丼を置いている店はたくさんあり、どれにするべきか迷う。結局、声をかけてくれたおかみさんの店にそのまま入り込み、勧められるままにマグロ丼の大盛りをいただく。赤身と中トロがたっぷり載ったマグロ丼と、とろろ昆布の入った味噌汁。なかなかのお値段はしたが、甘みがたっぷりのマグロはただただ美味しい。若干肌寒い中ですする味噌汁も美味しく、これも勧められるままにおかわりをした。YouTuberでもやっているのか撮影をしながら食べていた二人組が出て行ってからしばらくして、おかみさんが誰もいないからサービスだといって、巨大なマグロの焼き串をくれる。見た目はどう見ても牛串で、食べてもさっぱりとした牛串。これまたとてもうまい。コーヒーもごちそうになりながら、おかみさんと一言二言、話をする。他愛のない会話。さしたる記憶にも残らなかったが、きっとそういうものをあらゆる人と交わせる人情味みたいなもので、この人はこの店をやってきたのだろうというのが感じられた。結局、最果ての地にも、あるのは人の営みだった。
スーパーに立ち寄って、軽くそのあとのつまむものや飲み物を買い込み、町を後にする。小さな町で夜9時までやっているらしいことに、妙に感心してしまう。これまでの町がどこもかしこも7時には寝てしまうような場所ばかりだったからだろうか。
下北半島の西側にあたる海沿いのうねった国道338号線を進む。どう検索しても半島の南側を回るルートが表示されなかったので首をかしげていたが、しばらく走るうちに表示で気づく。どうも海沿いの道が以前の雨の影響か途中で崩れているらしく、通行止めになっているらしい。幸い、途中で半島の真ん中を突っ切る道に曲がることができるようではあったのだが、その道に入ることができるまで、この道をまた戻らなければならないのではないかと気が気ではなかった。時間も午後2時を過ぎ、既に夕方に向けた気配を感じている。その中でうねったこの道を戻り、再び大間町まで戻ってきた道を戻るのは時間的にも気分的にも憂鬱すぎる。
だが、そんな憂鬱も吹き飛ばすくらいに、海岸沿いの山端に沿って作られたこの道からの景色は素晴らしかった。山ぎわに沿っているため、視点が山側を向いたり海側を向いたりと忙しいのだが、山側は人の手があまり入らない青々とした緑に囲まれ、海沿いは山が削れて相当な高さのある岩肌がむき出しになっている。そんな景色が幾重にも折り重なり、半島が切れる先まで続いている。ろくに車の通らないこの道を、車でしか行くことのできないこの道を行くことで見ることができる景色。車で行く意味を見出せるこういう景色を見れることで、ああ来てよかったと思える。
海沿いの道と別れ、半島の内陸を突っ切って南側の海岸線へと出る県道253号線を進む。先ほどの木が生い茂った山の景色とは違い、広い原っぱのある高原の中を抜ける。さらにその先、湖を抜けると渓谷の中を抜けていく県道46号線に変わり、湖から流れる川を上流から下流までひたすらに追いかける。山の様々な表情を存分に楽しむルートだ。とても満足度が高い。
海岸沿いに出て国道338号線を行き、むつ市へと戻ってきたところで、ここまでろくにお土産を買っていないことに気づく。まだ日が暮れ始めたくらいなので、どこかしらお店は開いているんじゃないかと適当な道の駅を探す。来た道をしばらく走った先、道の駅よこはまという場所が閉店までに間に合いそうだった。ひとまずそこまで向かう。だんだんと暗くなる最中、今度は右手に見えていた海岸線に沈んでいく夕日が、日中より少しマシになった曇天の向こうで赤々としている。どうにかしてこれの写真を撮れないかと道の駅までひた走る。道の駅に着くと、何よりも先に写真を撮りに向かったが、あまりロケーションの良い場所ではなかったようで、たいして何も撮れなかった。無計画ゆえにこんなことばかりだなと苦笑しつつ、お土産をいくつか買う。
ここから今日の到着地の盛岡までひた走る。国道4号線を行くことになるのだが、国道とは思えないくらいにひたすらに暗い。町のゾーンに入ると少しマシになるが、それ以外は暗すぎて、「おそらく山の中なのだろうな」くらいの情報しか入ってこない。通る車もそれほど多くない。深夜と呼ぶには早すぎる時間帯に通ったはずなのだが、やはりもうこの土地は道ごと寝静まっている。寝静まった中を前後にいる数台の車とともに切り裂いていく。速かったり遅かったりする車にイライラしたり、眠気を飛ばすために窓を開けることを思いついてみたり、〇戸と名のつくところはすべて青森だと思っていたら一戸と二戸は岩手なんだ!と今更気づいて驚いてみたり。そんなことをしているうちにようやく盛岡へとたどり着く。
予約していたホテルの駐車場は満車で、近くのスーパーのコインパーキングへと回される。このスーパーは24時間営業で、軽く衝撃を受ける。これまで夜の7時には寝静まっているような町ばかりだったのだ。盛岡は比較的起きている町なのだなと変な感心をしてしまう。荷物を部屋に置き、夕飯を食べに出たが、酒を飲みたい気持ちもわいてこず、これと言って食べたいものも思いつかない。なんなら普通のものが食べたいと思い、結局駅前にあった松屋へとなだれ込む。こういう店は本当にどこへ行っても大差ない。同じ食券システム、けだるい空気、覇気のない店員、変わらない味付け。人里から隔絶された世界は、一時的な滞在や通過する景色としては良いのだが、どうしてもこちらの方が体にはなじんでしまう。
ホテルに戻り、前日は浸かれなかった温泉へと浸かり、就寝。