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◆それは8月の出来事~#2 なれそめ

#2■わたし→あなた

 お疲れ様です。
 こうして出先でランチするの、すっごく久々ですよね。
 入って一年目はよくこうしてご飯してましたよね。一緒についてもらったりもして……
 なんだか懐かしいです。
 もちろん! すごく嬉しいです。

 ……あ、そうそう、それですよね。
 
 わたしがはじめて彼を意識したのは、入社式の時だったんですよ。

 うちの会社ってちょっと変わった人たちが多くて、とくに企画部の人たちは一癖も二癖もあるでしょ。
 社長が昔劇団の主宰をしていたっていうから、余計に面白い人材が集まってくるのかもしれないですよね。
 わたしたちも、今年はどんな新人が入ってくるのかな、ってウワサしてましたもん。
 しかもうちの入社式、新入社員は全員、ステージに上げられて、名前を呼ばれていくじゃないですか。
 そのとき、彼を見て、『あれ』ってしたんです。
 すっごく控えめにしてるのに、一言も話してないのに、順番を待っている間の姿勢がすっと背筋が伸びてて綺麗で、名前を呼ばれた時に見せたはにかんだ笑顔が目を惹いて。
 たぶん、一目惚れだと思います。
 だってその後も、向かいの廊下を先輩と歩く姿とか、社員食堂で同僚と並んでいるのを、人ごみの中から見つけられちゃったくらいですから。
 いつ見かけても一生懸命なんですよ、彼。

 だから、一度ちゃんと話してみたいなぁって思ったんです。
 あの企画部に入った彼が見てる世界はどんなふうなのかなぁ、とか、好奇心がうずいたりもして。

 その頃のわたしは、広報の企画をいくつか掛け持ちしてて、ちょっと行き詰まったりしてました。
 広報部でコンベンションに出すためのアイデアを募ったり、社長お墨付きのテーマ展示会の企画を軌道に乗せようっていうのもあったから。
 あんまり眠れてなかったかな。
 うん、そうなんですよ。
 実はできるだけ元気に振る舞ってたけど、あの頃ってかなりぐにゃぐにゃしてたわけですよ、頭の中が。
 え、なんで言ってくれなかったのかって?
 だって、メンタルのコントロールくらいは各自で頑張るように、って。
 そういう顔しないでくださいってば、ごめんなさい。
 でもですね、それ以外にもちょっと……ええと、報われない片想いに踏ん切りつけようって、頑張ってた時期でもあって、だから言いづらかったというか。
 そうです、すんごい頑張ってました。
 え? あ、片想いの方ですか?
 はじめっから失恋確定だったんです。
 だって、知り合った時にはもう相手には奥さんがいて、しかも奥さんをすごく大切にしてて、その奥さんがいるから今のその人がいるっていうのが伝わってきてて、それでも好きな気持ちが止められないとか、そういう感じで。
 いっそ離れられたら楽なのに、それもできなくて。
 一緒にいられて幸せでもあったんですけどね。
 どんな形でもいいから、その人にとっての特別になれたらそれでいいかな、みたいな落としどころも考えたりして。
 だけど、その人が奥さんの話をするたびに胸は痛いし、言葉は刺さるし、で。
 まあ、結構いっぱいいっぱいだった感じです。

 だから、彼と出会えて、なんかフワって気持ちが癒されたのがすごくありがたかったんです。

 しかも、ちょうど立ち上げたばかりの新製品開発プロジェクトに広報部からの参加って形で、わたしが彼のいる部署へ行けることになったじゃないですか。
 推薦してもらえて、ホントによかったです。
 参加中はほとんどプライベートな会話をすることもなかったし、目があっても挨拶くらいしかできなかったけど、でも十分だったんですよね。
 そう、結構目があったんですよ。
 それまではわたしだけが見つめてばかりで、彼の視界に入ることなんてなかったのに。
 毎日が、それだけで幸せでしたもん。
 企画部のチーフとは一度仕事してみたかったから、余計楽しくなって、テンション上がっちゃいましたけど。

 ……え? そうですよ。
 知りませんでした?
 あのチーフの考え方とか、立ち振る舞いにすっごい愛を感じるんですよね。
 あそこまで真摯にどんな相手とも向き合える人ってそうそういないんじゃないかな、って。
 仕事人として、心から尊敬してます。
 あ、ヤキモチやいてます?
 ああ、凸凹コンビだって言われてたの、知ってます。
 ……一部でウワサになってました?
 別件で動いていた企画に、あそこのチーフが相談に乗ってくれてたから、二人でいることも多かったですもんね。
 震災とかでダメージを受けた子供たちのメンタルケアを目的にしたコミュニティを作っていけないかっていう、あれ、かなり真剣でした。
 だから、

『話しておかなきゃいけないと思ってたんだ』

 すっごく深刻な顔してね、昼休みにわざわざ中庭に移動して切り出されたとき、わたしもいろいろ覚悟できちゃってました。

『俺から聞かされる方がいいと思って。……ごめんな』

 正直、ショックじゃなかったといえば嘘になるけど。
 だって一年越しの企画だったんだもん、みんなで寝ないで企画書書いたり、あちこちかけ合ったりもしてきてたし。
 だから会社の都合で白紙に戻ったのはしんどかったけど、でも、それってチーフのせいじゃ全然ないし。
 この手段でダメなら、じゃあどうしたら実現できるのか、新しい方法を考えるだけだって思えましたしね。
 ポジティブでしょ?
 なにしろ上司の教育がいいもので。
 素敵な上司に恵まれて、わたしは幸せものです……って、そこ、笑うとこじゃないですよ?

 ええと、なんでしたっけ……そうそう、チーフの話!

 できるだけ前向きに捉えようって切り替える努力はできるようになったんですが、ただ、チーフに告げられた瞬間だけは、何か言ったら自分が泣いちゃいそうで。
 それで言葉が続かなくって。
 携帯電話が鳴ってくれたから、ちょっとお互いに救われたかもしれません。
 チーフが戻っていくのを見送って、その時なんです、彼に気づいたの。
 ビックリしました、なんでいるのって。
 だけど、あっちもビックリしたみたいです。

『僕と付き合ってもらえませんか?』

 しかも、彼の口から飛び出したセリフがこれで、こっちも思わず「はい」って即答しちゃいました。
 それでさらにビックリされちゃったんだから、もう笑うしかないですよね。
 まさかの、一目惚れからの急展開。
 一年前までは想像もしてなかったんですけど、そもそも一年前には彼と出会ってすらいなかったんだから、そう考えるとなんか人との『出会い』とか『つながり』ってすごいですよね。
 いまは、彼の家に時々ご飯作りに行ってるっていうのも、なんか不思議です。

 そうですよ、このわたしがご飯作ってますよ。覚えましたよ。頑張ってます。
 なんと、ボタン付けまでしてます。

 ……なんか、そこでしみじみされると妙に腹立ちますが、まあいいことにします、幸せなんで。

 お互い仕事してるから、プロジェクトが動き出すと生活時間も合わなくなるし、顔を見れない日とかもでてくるけど、全然不安がないんです。
 やりたいことができるって、人から必要とされるって、すっごく幸せじゃないですか。
 え、『仕事と私のどっちが大切なの』って聞きたくならないか、って?
 定番ですよね、そのセリフ。
 彼が言ってほしいなら言ってみるけど……別にこの質問内容そのものには意味なんてないですよね。
 え、そうですよ。
 ただ、“もう少しそばにいてほしい”とか“私の寂しい気持ちを分かって”とか、そういうのであってですね。
 だから、正解はどっちかを選んで答えるんじゃなく、抱きしめるだけでいいと思います。

 え? わたしですか?
 そういう質問で彼を試す必要がないので、聞きません。
 仕事で約束ドタキャンっていうのも別にお互い様だと思うし、それごときで怒るって思われる方がショックかも。
 もしわたしが同じこと聞かれたら、抱きしめます。

 あ、いま『オトコらしい』って言いましたよね?
 ……いいですよ、褒め言葉として受け取っておきます。

 ……それで、ですね……
 実は続きが、というか……

 報告、です。
 彼にプロポーズされました。
 なんかほんとにもう、彼に関してはいろんなことが急展開なんですが、運命ってそういうものなのかなって思います。

 それで、ですね。
 ……あの、ですね。

 ええと……

 ……、うん……
 ……なんだか、ちょっと変かもしれないんです、けど。

 4年間、あなたがいてくれたから頑張れました。
 あなたがいてくれなかったら、わたしはきっと今のわたしにはなれませんでした。
 なので、その……

 これからも、部下としてよろしくお願いします。

 実は気づいてましたよね、わたしの気持ち。
 ずっと好きだったの、実は知ってましたよね?

 ……ああ、やっぱり。

 あの頃、気づかないふりをしてくれてて、わたしが変に期待しないようにもしてくれて、でも上司としてのめいっぱいの愛を注いでくれて、本当にありがとうございました。

 ええと、これからも部下としてよろしくお願いします。


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