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◆それは8月の出来事~#4 まなざし


#4■俺→あんた

 ……以上が、現在の企画部における全プロジェクトの進捗状況となります。
 浮上した問題点については、既に手を打っておりますので、結果は来週中に報告いたします。

 ……って、どうしていつも途中から、そう、ニヤニヤと笑うんですか。

 いや、いやいや、かしこまってるのがおかしい……って、あんたは社長で自分は社員なんですから、当然じゃないですか。
 たとえ大学の先輩後輩、もとは同じ劇団員だったとしても、それはあくまでも若い頃の話。
 公私混同しない、という約束、忘れたんですか?

 はいはい、それはそれ、これはこれ。
 スタッフに示しつかないんで、そういうダラっとすねた姿、見せないでくださいよ。

 ……あ、ああ、いや。
 じゃあ、ここからはちょっとプライベートタイムってことにしますか。
 この間、あいつと飲みに行ってきましたよ。
 正確には呼び出されたんだけど。
 広報部からあいつの“秘蔵っ子”をうちのプロジェクトに貸し出してもらってたんで、その話がてら。

 そうです、あの子ですよ。
 すぐにフルネームが出てくるあたり、さすが。
 変わんないですね。
 社員の顔と名前と部署、全部完璧に覚えてるとこはホントに尊敬しますよ。

 そのニヤニヤがなければ、もっと尊敬できるんですけどね。

 ああ、飲みの席であいつに礼を言われました。
 世話になったって。
 頭下げられるとは思わなかった。
 あんたに彼女を推薦したこと、気づいてたみたいですね。
 鋭いというか、見てるというか。

 ホントは、そんな礼を言われるようなもんじゃなかったんだけどな。
 あっちはあっちでごちゃごちゃしてたし、煮詰まってる感が気にはなってたんで。
 で、あいつと彼女の距離感的に少し離した方が互いのためにいいんじゃないかって思いはして。
 ただ、企画部に彼女を引き入れたのはもうちょっと違う理由で……

 そ、あんたの言うとおり。
 それって結局、俺の方の都合だったわけじゃん。

 そりゃそうですよ。
 基本、俺は俺のチームのやつらに『いかに“いい仕事”をさせてやれるか』ってのを最優先に考えてんだから。
 昔あんたに教わった通りに。

 彼女、ほんとにいい子ですね。
 まあ、最初にあいつから紹介されたときは、「ちっちゃ!」て思いましたけど。
 ……いや、思ったというか、本人前にして口に出したな、確か。
 自分の半分くらいしかないんじゃないのか、って勢いでしょ?
 別の生き物に見えたくらいで。
 それでも、大きな目でまっすぐ見あげてきて、無礼千万な俺にしっかり笑顔で返してきたんで、そのへんさすがだな、とか。
 笑顔が板についてるってのは、なかなかできることじゃないんで。
 日々の訓練の賜物。
 役者だってそうでしょ?
 舞台の上で表現するとき、自分のプライベートな気分とは無関係に、『役』に没頭する。
 しかも、相手に伝わるように表現するには相応の訓練を積むじゃないですか。

 彼女は役者じゃない、でも広報部にいて、自分の見せ方、見られ方をちゃんと意識できている。
 この辺、あいつの教え方がいいんだろうな、ってのが想像できるんですよね。
 手塩にかけて育てた感、満載。

 彼女を俺に引き合わせた時の、あいつのあのカオ……!
 あんたにも見せてやりたかった。
 あいつとは長い付き合いだけど、あんな表情、初めて見た!

 ……ま、それはさておき。

 思惑通り、ウチのやつらに、いい影響を与えてもらいましたよ。
 企画部全体が毛色の違う彼女の存在に刺激を受けて、それが相乗効果になったんだけど。
 特に、今年の新人!
 先輩について真面目に必死に頑張ってるってのは見えてたけど、それだけ。
 ヒトを惹きつけるものはあるのに、ソレが中に埋もれてて、本人のカラーが全然出てこないというか。
 勿体ねぇな、どうしたら壁をいっこ超えられるかな、って見てたわけです。
 それが、彼女が来てから、いい意味で『遊び』の部分がでてきた。
 輪の中に入ってくる積極性も見えてきたし、顔つきも良くなって……なにより口にする言葉が変わったんだよな。
 あれって、多分本人はまだ気づいてない変化ってやつだけど、嬉しくて。

 なんでプロジェクトを3ヶ月って決めちまったのか、今更後悔してます。

 ……いや、正直、もう少しこのまま彼女を手元に置いておきたかった、ですね。
 飲み込みもいいし、明るいし、なにより素直だ。
 “これまでどんな生き方してきたら、そこまで真っ直ぐでいられるんだ?”ってくらいの素直さ。
 だから、いいことも悪いことも、スポンジみたいに吸収してくんですね。
 怖いっちゃ怖いですけど、育て関わる面白さが半端ない。
 しかも……
 あー、これは誤解を招きそうなんだけど。

 信頼と尊敬のキラキラしたまなざしで見上げられるってのは、なんていうか、あれだ、ちょっとした中毒になる。
 あいつは3年も、あの子のあの視線を受けてきたんだって思うと、……まあ、羨ましくないといえば嘘になる、か。
 そりゃ、自分とこに囲い込みたくもなる。

 なんで笑うんですか。

 なら、あんたも四六時中彼女と向き合ってみればいい。
 凝視するくせがあるみたいで、絶対自分から視線をそらさないから。
 あ、言っときますけど、彼女会いたさに広報部入り浸りはやめてくださいね。

 全然厳しくありません。

 ……まあ、何はともあれ、あの子はあいつのもとに帰って、そんで、ウチは広報部とこれまでにない蜜月を過ごしながらプロジェクトを進行してますよ。
 結果を楽しみにしていてください。

 一段落したら、しばらく同期会もしてないんで、やろうかな。

 あ、あんたはダメです。
 社長がイチ社員の飲み会に来ちゃダメでしょ。
 どうしても出たいんなら、全部署の飲み会にまんべんなく出てください。

 あー……あんた、やりそうで怖いな。

 さて、プライベートタイムは終了です。
 少し長居しすぎました。
 そろそろ戻ります。

 *

 昨日、久々にあいつに呼び出されました。
 “思春期の娘を持つ父親”の顔から、“娘を嫁に出す父親”の顔になってる……って、からかっておきましたけど。
 アレは相当参ってましたね。
 あのカオ、あの子にもかみさんにも見せてないとは思うけど。
 あいつ、深酒しなけりゃ顔に出ないから大丈夫、か……

 ……え?

 ああ、あいつは自覚してないのかって?
 してませんよ、あれは。
 あの子が自分に恋愛感情を持ってたことには気づいてた、とは思うけど。
 だから必要以上に期待させないように、言動を心がけてたようですしね。
 けど、自分がどうかってのは自覚してなかったと思いますよ。

 あいつにとって、彼女は本当に特別。
 自分に妻がいるとか、上司部下の関係だとか、年が10以上も離れているだとか、そういうのと全然無関係なところで、あいつにとって彼女は特別の格別な存在になってる。
 ただし。
 その《存在》への《感情》に、名前は付けちゃダメなんですって。
 名前をつけた瞬間に、いろんなものが壊れるまで動き出しちゃいますから。
 そりゃ、舞台の上でなら、どんなドラマチックな修羅場に展開したって楽しく観てられますけどね。
 でも、ここは舞台じゃない。
 こういうのは、このまんまお互いに気づかないほうがいいんです。

 周りも気づいてないですね。
 じゃなかったら、あえて俺があの子と噂立てられるように動いた意味がなくなるじゃないですか。

 見せ方、見られ方の演出は、広報部の専売特許じゃないんで。
 これでも、あんたの下で修行積んだんですからね。

 ま、結果オーライ。
 彼女は幸せになる。

 それでいいんですよ、それで。



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