【探偵は甘すぎる番外編】二階堂悟史の矜持
★探偵は甘すぎる完全番外編
ミステリオタクこと鍵屋NAT社店主の日常の一幕
ミステリの魅力と境界線についての個人的見解について
番外編▶︎鍵屋二階堂悟史の矜持
「え、なんで探偵にならなかったのかって?」
腕もいいがミステリーオタクとしてもすごいと評される鍵屋NAT社の店主は、客であるこちらのなにげない質問に対し、『何言ってんだコイツ』っていうのがものすごい伝わってくる顔をむけてきた。
せまい店内には、仕事に必要なのだろう工具や機械とは別に、文庫やハードカバーの本が積まれ、挟まれ、差し込まれ、積み上げられている。
しかも、そのどれもがいわゆる探偵小説だった。好みを伝えればオススメタイトルが羅列され、頼めば貸し出してももらえるらしい。
なので、『そこまで探偵が好きならなぜ職業にしなかったのか』と待ち時間のついでに聞いたのだが、店主の反応は思っていたものとはかなり違った。
「俺が愛してんのは、ミステリーであり、ミステリだ。広義の謎解きではなく、狭義の探偵小説だ。様式美に彩られ装飾された惨劇、張り巡らされた伏線、解体されるべき謎、探偵がもたらす美しき論理の果てのカタルシス! 虚構の美学に魅入られてると言っても過言ではない!」
陶酔した表情とやや大袈裟な身振り手振りで、まるで舞台役者のように語り出す。
やばいスイッチでも入ったか。
軽い雑談のつもりで振ったが、地雷だったのかもしれない。
「ゆえに、この鍵屋は《針と糸》を店名の由来として悩める依頼人のために密室へと挑むのさ」
胸を張って朗々と、用意されたセリフのようにうたう。
「つまりだ、どんな惨劇も、実際に辛い思いしてる奴がいないこと前提だから死をエンタメ化できんだよ、楽しめんだよ、謎解きに夢中になれるし、捜査も推理も無責任に展開できるし、過去にも未来にも無責任に踏み込んでいけるってことだ!」
ここからさらに延々と講釈が続くのかと身構えるが、鍵屋はそこでぴたりと動きを止めた。
ぐるりと視線だけを周囲に巡らせてから、真顔でこちらを正面に捉えて告げる。
「そもそもな、現実に悩んでる奴とか被害にあって苦しんでるやつを前にして、それを楽しめるわけねぇーじゃん、って話。そんなやつがいたら人間性を疑うわ」
そういうことができる時点でそいつも加害者のひとりだ、と言わんばかりだ。
いや、実際言ってるのかもしれない。
「というわけで、泣くやつが出るとわかってて犯罪の片棒を担ぐのもお断りだ」
「え?」
「拾いもんの鍵を勝手に複製したらダメだぞ、どんな災いを招くかわかってもんじゃねえし、怖い奴らに目をつけられることもある。現に、……ほらきた」
「え」
「すみません。少しお話を聞かせてもらえませんかね?」
後ろから突然肩をつかまれた。
反射的に体が跳ねる。
心臓から口からとびでるってのはきっとこれだ。
ギリギリと骨が軋むのは錯覚か。
ゆっくり振り返った先には、スーツ姿の男二人が立っていた。
見上げるほどでかいスキンヘッドの浅黒い男を従えた銀縁眼鏡の青白い優男ーーその組み合わせは、どうみてもカタギじゃなかった。
「最近ウチのが付きまといで困ってるといってましてね」
こちらの肩を掴んでるのは優男の方だが、ぎりぎりを締め付ける握力も威圧感も半端ない。
「失くした鍵も実は盗まれたんじゃないかと怯えて泣くんですよ。まさか、そんなことはないと言ってやったんですが、ねえ?」
口元は笑っているのに、眼鏡の奥の目は笑ってないどころかこちらを刺し殺せそうなほど鋭利だ。
「あ、いや」
本当に拾っただけだ。
拾った鍵が気になって、それが誰のものか何となく気づいたらからちょっとした出来心で、いや、そもそも言い訳しようにも、のどが引きつってまともに声が出てこない。
ヤバイ。
まさかアイツのバックにマジモンが控えてるなんて思ってなかった。ヤバイ、コレに手を出したら確実に殺されて埋められる。コンクリに詰められて沈められるかもしれない。ヤバイ。ヤバイヤバイニゲロイマスグニ!
「近づかねぇよ、頼まれたってぜってぇ近づかねぇって!」
思考が焦げ付き焼き切れる直前に明確な意思表示をして、全力で駆け出した。
これまで生きてきて中で一番真剣に必死に全速力でその場から逃げ出していた。
*
「おー、脱兎の如くだ、すげーな。探偵と助手が何に見えてたんだろーな」
二階堂が楽しげにその背中をカウンター越しに見送り笑う。
「二階堂さん、ご協力連絡ありがとうございました」
「助かったぜ。あんたの読みの通りだった。あとはこっちでやっとくわ」
巨漢にそぐわぬやわらかな物腰で礼儀正しく頭を下げる静佳の隣で、探偵である譲治も礼を告げる。
「なんもいいって。こんなん、推理どころかナゾナゾにもなりゃしねーかんな」
言いながら、二階堂は合鍵作成の依頼として受け取った鍵を譲治へと渡した。
「ま、あとはアイツを唆した黒幕とやらをとっ捕まえてくれ。早く依頼人が安心できるようにな」
「ああ、任せとけ」
「そちらももう大詰めですから」
「たのもしいなぁ、しずかちゃんも譲治も」
推理小説をこよなく愛し、密室へ並々ならぬ愛を注ぐミステリーオタクこと鍵屋店主二階堂悟史は、そうして職業探偵ある彼らを眩しげに見やり、笑った。
了
「そういや俺の選書、読んでくれて、感想までありがとな。しずかちゃん、実にいい悲鳴だったぞ!」
「ミステリーだけを短期間にあれだけ読んだの初めてで…‥なんかすごいですよね、世界観が」
「だろ、だろ? でな、あれで基礎を固めとくと次が生きてくんだよ、ミステリの後にミステリーに触れると違いが体感できっから」
「……次があんのかよ」
「……ミステリーとミステリの違い、ここで語るか?」
「やめろ」
★二階堂の選書の話
★探偵は甘すぎる【本編】