コロンビア人のシャーマンから炎の儀式を授かった話
この記事を読んで下さっている方の中にも、もしかすると同じような経験をお持ちの方がいらっしゃるかもしれないが、僕は全身に火をつけられたことがある。全身全霊で誰かに恋焦がれたとか、そういう比喩的な意味ではない。ただし、僕の場合は燃やされたのでも焼かれたのでもない。僕に火をつけたのは炎の使い手として生まれ育ったコロンビア人のシャーマンの方である。
と、ここまで書いて、その内容が常軌を逸するというか、とてもまともなものではないので、どう書き進めてよいか分からなくなってきたが、素直に綴ってみよう。
そのシャーマンの方は女性で、Nさんと言うのだけれども、どうやって知り合ったのか最初のきっかけを僕はいまいち覚えていない。ただ、彼女との最初の記憶として残っているのは、僕がパタゴニアのエル・ボルソンにあるマジン・アオガードの山を散歩していた時、なぜか彼女と彼女の年の離れた妹、あと数人の友人たちも一緒にいて、途中で彼女が膝を痛めて歩けなくなったのを、僕がマッサージをしてやったら瞬く間に治って、揃って下山できた、というものである。
そしてその後、僕は彼女に火をつけられることになる。
なぜ僕なのか。彼女曰く、僕にマッサージをされた時、僕の指先から受け取ったエネルギーが、これまで出逢った誰のものとも異なり、また凄まじく強烈だったので、僕の身体に刻まれたメッセージを炎を通じて読みたくなった、とのことだった。
「あなたに火をつけたいの」と言われた時の僕の心境を想像していただきたい。一瞬、新手の口説き文句かとも思ったが、そんなものではないことは、あんなことやこんなことを経験した後の僕には、彼女の眼の奥を見つめればすぐに分かった。
「先ずは手始めに…」と彼女は僕に手のひらを見せるように言った。そして、綿に秘伝の方法で拵えたアルコール液(月の満ち欠けによって時を定め、聖なる植物を漬けて作ったものだそうだ)を吹きかけてから火をつけ、おもむろにそれを僕の手のひらに置き、円を描くように動かした。自分の手から鮮やかな色の炎が燃え上がるなんていう経験はそれまでしたことがなかったが、恐れは少しもなく、むしろ不思議な安堵感を覚えた。
「うーん…やはりね…すごいわ。最後までやらせてもらえないかしら?炎の儀式を。祖父から授かったあらゆる術を用いて、あなたの身体が持っているもの全てを読んでみたいので」と、彼女は先ほどよりは深刻な面持ちで、僕に頼んできた。「どうぞどうぞ、お好きなように」と言うしか僕にはできなかった。
彼女が言うには、身体の正面というのはそれほど情報を携えているわけではないので、仰向けの時間はあっさりと進んだ。(とは言え、自分の眼前に広がる光景は凄まじいものがあった。だって、全身がんがんに火をつけられているのだもの。)重要なのは背中だそうだ。全裸でうつ伏せになっていた僕には、あの時果たして何をされていたのか詳しいことはほとんど分らない。ただ、彼女は時折、「っきゃー、すごいー!なんてこと!信じられない!」と奇声を発しながら、仰向けの時よりも圧倒的にじっくり時間をかけて、炎の儀式を愉しんでおられた。しかも部屋の明るさの変わりようから想像するに、それまでとは比較にならないぐらい大きな炎が、僕の背中では燃え上がっていたはずである。
炎の儀式は2時間ほど続いた。
儀式を終えると彼女はこう語った。
「あなたの背中から大きな鳥が舞い上がり、部屋の中を飛び回ったのち、またあなたの中に帰っていった。あなたはその大きな鳥に守られている。つまりはあなたは風の化身でもあるから、物質にあなたの本質はない。だからこそ、自然はあなたを怖がらず、あなたは自然と一体であることを知っている。土も木も水もあなたを愛する。あなたはパチャママに守られている。」
おそらく、彼女は僕の身体から読み取った事柄を全ては語らなかった。むしろ、ほんのごく一部を、僕がこれからも謙虚に生き続けられるための言葉に変えて伝えてくれたにすぎないのだと思う。彼女自身は「今の私にはまだ読み切れないものがたくさんあった」と言っていた。
僕のアルバムに『Futurista Ancestral』というものがある。この中で僕はほとんどケーナを吹かず、40種ほどの古代楽器を一人で演奏して、音絵巻のようなものを描いた。このアルバムのジャケットは彼女、つまりここで語った炎の使い手のシャーマンNさんの作品である。
出会いからしばらくして届いたこの絵に対する僕なりの返答が、この録音作品だったのかもしれない。「古代の未来人」を意味するタイトル以上に、全部一人で、しかも楽器で演奏したものにも関わらず、森のフィールドレコーディングだと勘違いされてなかなかサブスク解禁が出来なかった最初と最後の音楽が特に、上の彼女の言葉を確かなものにしているように僕自身にも思われる。
それにしてもなかなか気持ちのいい儀式だったなぁ。
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