#4 宇宙ビジネスとシステムズエンジニアリング
前回の記事はこちらから
非宇宙の宇宙好き、永利(ながとし)です。新規事業開発を専門とする株式会社Relicで、日々事業アイデアの創出・事業化に向けた活動に邁進しています。2023年1月から、Relicが開設した浜松拠点の責任者を務めております。
先日、宇宙ベンチャーの方とお会いさせていただき、お話を伺う中で、自分はどんな価値を出せるだろう、どんな役割を担えるのだろうと思うことがあり、改めて自分の専門性について言語化しておく必要があるなと感じました。
そこで今回は、宇宙ビジネスや新規事業開発とシステムズエンジニアリング、というテーマで自分の考えを述べていきたいと思います。
宇宙開発とシステムズエンジニアリング
1/20に、JAXAの小型月着陸実証機「SLIM」が月への着陸を成功させました。世界では5番目の成功で、日本はもちろん、海外でも「Japan makes history」と報じられるなど大きな注目を集めています。
このプロジェクトは2016年に正式に開始されたもので、自分が学部生の頃、JAXAの一般公開で初めて名前を見たことを今でも覚えています。
そこから7年(プロジェクトの承認前をいれるともっと長い)、ようやく月への着陸まで辿り着いたというのはものすごいことだと思いますし、日本初の偉業を成し遂げるということは並大抵のことではありません。
当然、これだけのプロジェクトですから、ステークホルダーの種類も数も非常に多いと思いますし、緻密に練り上げられてきたのだと勝手ながら想像します。
そして、この成功が生まれた1つの要因に、システムズエンジニアリングがあると考えています(オフィシャルには情報が出てこないのと、適用範囲と規模が多岐にわたるので一概にそうだとは言えません)。
そもそもシステムズエンジニアリングは、アポロ計画において、月への人の着陸というかつて経験のない複雑かつ大規模なプロジェクトを成功裏に導くために生み出された学問と言われています。考え方自体はそれよりも前からあったようですが、アポロ計画と同時期に標準化されています。
つまり、システムズエンジニアリングは宇宙開発とは切ってもきれない関係にある存在なのです。
日本の宇宙開発が少ない予算の中、成功を重ねてきているのは、当然個々の高い技術があるうえで、それらを束ね、1つの目標を成し遂げるための考え方やプロセス、組織をつくることができているからです。
システムズエンジニアリングとは
では、システムズエンジニアリングとはどんな学問かと言いますと、INCOSE(International Council on Systems Engineering)では以下のように定義されています。
ここでの「システム」とは「複数の構成要素から成る集合体」のことで、人が目的を持って動かし、複数の要素が相互作用するものはあらゆるものがシステムとして定義されます。つまり、情報、通信、メディア、ハードウェア、サービスから、人間、組織、社会、地球環境に至るまで、どんなものでもシステムとして捉えうるということです。
だから私の出身大学院である慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科では、文系理系などの区分は特になく、非常に幅広い分野で研究が行われています。
システムズエンジニアリングにおいて大事なことの1つに「多視点からの構造化と可視化」があります。何か達成したい大きな目的があったとき、つまり、複数の専門家が集結して取り組むプロジェクトがあったとき、それぞれの専門領域について、非専門の人たちに理解いただけるように伝えることが必要です。そのとき、自分の視点だけでなく、複数の異なる視点から全体像を捉え、構造的に示す力が求められます。
永利の専門性
私は大学院でその基礎を学び、特に何らかのミッションやゴールをいかに達成するか、そしてその方法と結果が正しいかどうか、ステークホルダー全員が共通認識を持つためには何が必要か、ということについて研究しました(終わったわけではなく、まだまだこれから取り組むべきだと考えています)。
この研究において取り扱っていた記述方法がGSN(Goal Structuring Notation)と呼ばれるものです。GSNでは、1つの大きな目的はどのようなプロセスを経れば達成できるか、どのような結果があれば達成できたと言えるかを表現する記述方法です。
少し話が飛びますが、近年、System of Systemsという考え方が幅広く使われるようになってきています。System of Systemsとは、もともと独立して成立していたシステムが何らかの意図を持って接続され、1つのシステムとして捉えられるようになるという考え方です。ただし、単なるシステムの複合体や巨大なシステムではなく、それぞれのシステムは独立に運用され、それぞれに管理されるということがポイントです。
そして、System of Systemsとして捉えられるシステムを、改めて1つのシステムとして再設計するにはどのような考え方をするべきか、ということについてGSNを使って表現しようとしたのが自分の研究です(※超意訳)。
例を上げるとすると、もともとハサミとして作られたものと、カッターとして作られたものを統合し、1つのシステムで挟み切ることと、押さえつけて切ることの両方の目的を達成するにはどうするか、といったような具合です。
実は、この例、実際に商品として販売されています。「ハコアケ」という名前で、コクヨが開発・販売している商品で、ハサミとしてもカッターとしても使えるという便利な文房具です。
このような研究をしていた意図としては、今まで作ってきた宇宙機を少し改良することによって、ベース部分をうまく共通化しつつ、新しい機能(新しい目的を実現する手段)を付与した宇宙機を設計する方法を考えようとしていた、ということがあります。
今も人工衛星の開発においては、三菱電機のように、バス部などの標準プラットフォーム化を実現している企業がおり、一部を共通化しつつ、新規開発のコストを最低限に抑える取り組みがなされています。
これと同様の考え方で、深宇宙の探査機や輸送機などにおいても、今までに開発されたものをベースとしたうえで、そこに新しい目的に対応する機能を部分的に追加する考え方ができれば、コスト削減とスピード向上が図れるのでは、と考えたということです。
背景事情的にやや特殊ですが、ASTRO-HとXRISMのように、大型の宇宙機でもベースとなるシステムデザインが共通な例もあり、今後、人工衛星以外でも取り入れられていくと考えられる中で、その設計プロセスを保証することができれば、というのが自分の思いでもあります。
新規事業開発とシステムズエンジニアリング
大学院時代は、ここまで述べたような研究をしていたわけですが、今の職場では全く同じことをしているわけではなく、新規事業開発というテーマで実務に向き合っています。ただ、こと新規事業開発においては、システムズエンジニアリングはとても親和性が高いなと最近になって強く感じています。
もともと、慶應SDMでは、システムズエンジニアリングやシステム×デザイン思考を用いたイノベーションの創出を目指していることもあり、新規事業開発もイノベーションを起こそうという取り組みなので親和性はあると思います。
とはいえ、なかなか日々の業務にその考え方を落とし込むのは難しいなと考えていましたが、もうそろそろ丸3年が経つという中で、段々と取り入れることができてきたように思います。どちらかというと、その親和性や、つながりに気づいてきたというのが近いかもしれません。
新規事業開発はゼロからビジネスを生み出し、成長させるという取り組みです。背景やきっかけはさまざまあれど、何もない状態からスタートするということで、常に全体像を見据えることが重要ですし、あらゆる局面において構造化し、要素間の関係を理解できていることが求められます。また、自分の視点だけでなく、お客様や事業成立に必要なステークホルダーの視点で事業を捉え、より良い形に昇華させていくことが必要です。
多視点からの構造化と可視化、これはまさにシステムズエンジニアリングの考え方なのです。意外にも、コンサルタントであっても、新規事業の専門家であっても、全体像を常に構造的に捉え、その中で最適解を導き出すことを徹底している人はそう多くないように思います。
それはこの考え方がまだまだ広まりきっていないこともあるかと思いますが、俯瞰と構造化の範囲が実は狭かったり、よくよく見ると考え抜けていない(出発点が見えていなかったり、逆に細部まで考えられていなかったりする)ことがあったりするのではと最近感じます。
そんな中でシステムズエンジニアリングを学び、全体俯瞰と構成要素の繋がりを常に意識する考え方をインストールしたからこそ、新規事業開発においても自分ならではのバリューが出せると考えています。そして、実践を通して理解を深めたうえで、宇宙ビジネスにも応用していきたいというのが自分の思いです。
ちなみに、入社してからわりとすぐに、新規事業開発×システムズエンジニアリングで1つ記事を書いておりまして、よろしければご覧くださいませ。
読んでくださった方へ
ここまでお読みいただきありがとうございました。今回は自分が取り組みたい事業のビジョンや内容の話ではなく、自分の専門性についてお話させていただきました。
冒頭でも述べたように、宇宙ビジネスの世界に入っていこうと思ったときに、自分が出せる価値は何か、担える役割は何かをクリアにしなければいけないと感じたことが今回のきっかけです。ビジネスをデザイン・プロデュースできる人というのも一定あるとは思いつつ、それだけだと弱い気もするので、やはりシステムズエンジニアリングを磨いていくことが重要だと思いました。
とはいえ、その専門だけ磨いていけば良いわけでもなく、1人で何でも完結できるわけでもありませんので、ぜひ、何らかご興味を持っていただけた方がいましたら、どんな形でも構いませんのでお声がけくださいませ。
引き続きnoteを含めて発信していきますので、これからもよろしくお願いいたします。