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葉山のカフェで感じた、遅さの価値

3年前、ひとりで葉山へ出かけたときのこと。

森戸海岸近くのカフェで、クッキーをテイクアウトした。その時の店員さんとのやり取りで、印象に残っている出来事がある。


「チョコレートクッキーを一枚ください」

わたしはそう言って、ショーケースの中に積み重なっているクッキーを指さした。

店員さんは「ちょっとお待ちくださいね」と言って、ショーケースからクッキーを取り出してくれる。

ふつうなら一番上のクッキーを取ればすぐなのだけど、その店員さんは上のクッキーを脇に置いて、わざわざ一番下のクッキーを取ろうとしている。


不思議に思いながら見ていると、

「チョコチップの多いほうをどうぞ」

と微笑みながら、チョコチップが多く入ったクッキーを取り出してくれた。

「わ、ありがとうございます」

驚きながらも嬉しくて、自然とわたしまで笑顔になった。



その後も店員さんは、ゆったりとした動きで、クッキーを丁寧に包んで渡してくれた。

わたしの後ろには2人ほど並んでいたけれど、店員さんは急ぐ素振りはなかったし、並んでいる人たちもイライラしたり、急いだりしている様子はなかったように思う。

ほんのわずかな時間だったけれど、あったかくて心地よい時間で、数年経った今でも忘れられない記憶として残っている。



「速さ」に価値がある現代社会で、遅さを求められることはあまりない。

例えばスーパーのレジでは、店員さんは驚くほど手際よく速くレジ打ちをしてくれる。少しでも早くレジを通りたくて、短いレジに移動するお客さんもいる。

速いことは便利だけれど、ときに目も合わさないような、速くてそっけないやり取りに、切なさを感じることもある。店員さんの手際の良さや、後ろに並んでいる人のことを考えると、自分ももたもたせずに速くしなきゃと焦ることもある。

でも、葉山のカフェでの経験は、わたしに「遅さ」がくれる心地よさや、あたたかさを教えてくれた。


時間がかかることは、人の心を動かしたり、やさしい気持ちにさせてくれたりすることも知った。

速さの中で少し疲れてしまっていたわたしにとって、遅さの価値を知れたことは大切な経験になった。

社会の速さに飲まれて、無理に急いでしまっているときは、あのチョコレートクッキーのことを思い出す。

「休憩して、ゆっくり行こう」とひと息ついて、また歩き始められるから。



葉山のカフェが、2024年9月末で閉店してしまうらしい。なくなってしまうのは寂しいけれど、きっと大切な思い出として心の中に残り続けるだろうな。閉まってしまう前にもう一度訪れたい。


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