一粒の光
病室の窓から差し込む朝日が、点滴の液体に反射して壁に落ちる。それは生気のない陰影のようだった。肺炎で入院して3日目、体は横たわったまま、曇りガラスのような点滴液の滴りだけが時を刻んでいた。
かつて当たり前だった「食事の時間」が、今では遥か遠い記憶のよう。点滴から栄養は入るはずなのに、体の奥底から湧く空虚感は消えない。それは単なる空腹ではなく、生きている実感の欠如だった。
病室に漂う無機質な白さが、記憶の中の食事の彩りを押しつぶす。「いただきます」の声は、今や無言の点滴の滴りに取って代わられていた。
日が経つにつれ、食事の不在がもたらす影響は予想以上だった。体力の低下はもちろん、生活のリズムが崩れ、希望さえ失いかけていた。灰色の日々が続いた。
そんなある日、突如として光が差し込んだ。「お食事です」。看護師さんの声に、心臓が跳ねた。
目の前の光景に息を呑む。白い茶碗に盛られたご飯が、まぶしいほど輝いている。一粒一粒が宝石のように光を放っていた。
震える手で箸を取る。「いただきます」。その言葉には、今までにない重みがあった。
口に運んだ瞬間、世界が色を取り戻した。ご飯の一粒一粒が、舌の上で小さな命のように踊る。その温もりが、色褪せた心に少しずつ彩りを添えていく。
咀嚼するたび、失われていた感覚が蘇る。それは空腹を満たすだけでなく、生きる喜びを全身で感じる瞬間だった。一口、また一口。確実に、生命力が体中に巡る。最後の一粒を口に運ぶ頃、涙が頬を伝っていた。
あれから数年。今も、箸を手に取るたび、あの時の輝くご飯を思い出す。喉元がキュッと締まり、目の前の一杯が、かつてないほど愛おしく感じられる。
「いただきます」
その言葉を囁くたび、胸の奥で小さな光が灯る。それは、あの病室で見た希望の光。一粒のご飯に宿る、命の輝き。今も私の中で、静かに輝き続けている。
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