
戦争という大きな言葉が隠すもの -『Notes in Ukraine』によせて-
今年の3月・5月・9月と3回にわたってウクライナを取材してきた写真家、児玉浩宜さんの活動をSNSなどで拝見しながら、私は人間の忘れやすさや気持ちの変化についてもずっと考えていた。
2022年2月24日に開始されたロシアによるウクライナへの侵攻から約10ヶ月、現地で起きている問題の深刻さは計り知れないが、状況の悪化に反比例して、少なくとも日本国内においては、この戦争に対する注目度は、3月当初に比べたら明確に低下の一途を辿っている。
実際に私も、当時と全く同じ温度ではこの問題を見つめていられないのが正直なところだ。つい自分の生活の中で差し迫っていることに目を向けている間に、当初感じていた衝撃や悲しみや焦燥感は薄れてしまっていた。
しかし当然、戦争が始まってから時間が経てば経つほどに犠牲者は増え、凄惨な事実が明らかになってくる。民間人が虐殺されていたニュースを聞き心から非道だと思うが、日常でそのことをずっと考えているわけでもない。
そんななか、5月も9月も、渡航している間も帰ってきてからも淡々と取材とさまざまな発信を続ける児玉さんの行動を見ながら、何度も今向き合うべき時代の現実に引き戻された。
私は忘れるという自分をはっきり認識し、それを情けないなと口に出し、時に綴っていくことだけは、せめて投げずにいたいということを思っている。私はそんな人間だけれど、だから今感じていることも言葉にしたいと思う。
児玉さんの、これまでの取材内容を綴った写真集『Notes in Ukraine』が12月17日に発売された。
戦争はまだ続いているし、児玉さんは今後も取材を続けていくそうだ。だからこれはまとめではなく、途中経過を綴ったノートのような作品ということを仰っていた。
私が児玉さんの取材のどこが好きなのか、何を良いと思っているのかはもう何度も書いたしいろいろな人が言っているけれど、やはりこの戦争において、大きなメディアが伝えない場所や個人の想いをも、伝えているところだ。
もちろんメディアにはそれぞれ役割があり、どんな問題においてもマクロとミクロの視点が必要だと考える。ただ現実において、特に今のウクライナのように取材が簡単ではない地域に関する情報は、概要や分かりやすい善悪のような視点に偏りがちだ。
そういう中で児玉さんが伝えてくれた、現地で暮らす人それぞれが今何を考え生活しているのかという事実は、とても新鮮だった。服装や食事や住居など、自分と文化が遠くないと感じる人々(だからこそ日本での注目度も高かったのだと思うが)に今起きていること、そういった人たちの思いを知ると、ニュースで観ているよりもこの戦争をずっと近くの出来事として感じられた。
(以下、自分がこの写真集をどう読んだかという記述が続くので、全くフラットな気持ちで作品に触れたい人は、是非先に写真集をご覧いただければと思う。)

ただ、今回写真集という形で児玉さんの写真を手にとった際、自分にとってより考えたいテーマが生まれた。それは「格差」についてである。このことについては後述したい。
写真集の中には、児玉さんがこれまでTwitterやInstagramなどにアップしてきた写真も含まれている。でもそれらをパソコンやスマホの画面で見るのではなく、紙の写真集を手に取り、クリックやスクロールとは違った速度で眺めていると気づいたことがあった。
紙の写真集をめくりながら改めて感じたのは、ウクライナという場所の美しさ。戦争が起きている国そのものの場所が美しい、建物が美しいし、人が美しいし、フォントや服がおしゃれだなどとも、思ってしまう。
児玉さんの写真のやわらかさは、この国の美しさや近代的な雰囲気の上に、「戦争」というものが降りかかると、本当にこうなるんだという事実、弾痕や破壊や人が亡くなったという痕跡を、ただ静かに、ああそういうことなんだなと実感させられるような力があると思う。
そして今回の写真集は、それをゆっくり受け止めやすいデザインだなあということを強く感じた。
最初は何度か写真だけを眺め、そして巻末にある写真それぞれの解説と照らし合わせながら読むと、意外に自分が思っていた印象と事実が異なるという写真も何枚かあった。きっと読み手それぞれにとって、このような感覚を覚える写真もあると思う。
また児玉さんの日記部分も16ページあり、これまでに発売されたウクライナ日記1,2の一部の他、9月に渡航した際の未発表の文章も掲載されている。それを読むと、写真の受け止め方が更にまた少し違ってくるかもしれない。
先に写真だけを観て、のちに巻末の解説を読み、最初は気にしていなかった細部を改めて眺めてみると、これまで気にしていた取材を受けている個人の「想い」から、そこに暮らす人の格差について視点が変わっていった。
この写真集には、建物や街や自然などに加え、ポートレイトも多く掲載されている。年齢・性別・家族構成・職業・住んでいる場所なもどそれぞれ異なる人々、またそういった人々の住まいなども。
例えば、避難する場所がない路上生活者が集めている銅線の写真を観て、ホームレスって避難ができないのかと気づいたりする。(児玉さんのnoteにはこのホームレスに関する記述もある。)そういえば日本でも過去に、台風で避難所が開設された際、ホームレスが受け入れを拒否されたというニュースがあった。
車上生活をする男性の車の写真。この男性は家が破壊され、避難所より車を選んだのだろうか。元々車上生活をしていたのか。そもそもこれは自分の車なのだろうか、銃撃され乗り捨てられていた車なのだろうかなどと考えた。
物乞いをする人の写真は、解説を読むまでまったくそうとは見えずに驚いた。
そして、家や財産の有無は非常に分かりやすい格差だが、それ以外にも格差はグラデーションのように細かく存在していると思う。(もちろん、世界中のどこにでも。)
そもそも児玉さんはウクライナで取材をしているので、国外に避難している人の写真はない。自分の意志でウクライナに残っている人も多くいると思うが、逃げたくてもいろいろな事情で逃げられない人もいるはずだ。そこには、格差というものが関わっている場合もあると思う。
これらは私が勝手に考えたことであって、児玉さんからこう読んで欲しいというような提示はまったくない。そういうことを、刊行記念のトークイベントでも仰っていたと思う。(巻末の解説も非常にシンプルに、事実だけが書かれている。)
むしろ撮影者としての気配を消しているような、ただそこにある事実をいかにそのままに近い形で受け渡すか考えられている印象がある。(これを、ただ説明を省くということだけではなく、写真で可能にするのが、児玉さんの腕という感じもする。)
ただ私は今回この写真集を観て、格差ということについて考えたくなった。
社会、もちろん日本においても平常時から格差というものが存在しているのだが、もしその上に戦争という大きな出来事が起きると、その問題は外からは見えなくなってしまうのだ。
例えばウクライナについてのニュースを見ながら、そういえばウクライナのホームレスの人たちってどうしているんだろう、などと考えたことはなかった。
戦争が起きれば、皆悲しみ困ると思うけれど、困り方はそれぞれ細かく違ってくる。これは戦争に限らず、震災などの災害でもそうだ。自分たちにたった今外部から攻撃されるような命の危険は感じないかもしれないが、生活することに苦しさを覚える人は増えているし、自然災害も頻発している。
ただ人には、自分ではどうにもできない環境と、自分でどうにかできる思考があるとも思っている。その思考が、環境を変えていくこともある。
こうすれば人生においてずっと安全だとか困らないとか、そういう方法はきっとないのだろうと、今私は思っている。でも、まだ自由に考え発信することは奪われたりしていない。(少なくとも今日本に暮らす私たちは。)自分の目で見て自分の頭で考え、それを自由に表現することができる。誰でも。
自分の頭で考えるということは、実はとても難しいことだ。自分も日々、いろいろな外部からの影響によって、この思考が簡単に左右されていると思っている。
でも自分で気づいていなかった偏りについて、誰かと話していくことで気づくことができたりもする。だから自分の生活の中で、「これは」と思うことは自分でまとめてみたい。そして人に話してみたいし発信したいと思う。
正直、自分の考えをまとめていくことは心から面倒くさいと思う作業なのだけれど、自分の「これは」を無視したときに、自分の中で何かが終わっていくような感覚がある。だから、これからもわからないことを考えて、言葉にしていきたいと思う。
この、長い問いのような写真集を手にとって、自分は何を思ったかということを、誰かと話したり、たとえばどこかに綴ったりすることはまた、誰かを思いやり、きっと自分を助けることにもつながるような気がしている。
是非手にとっていただけたらと思う。
いいなと思ったら応援しよう!
