見出し画像

三十三煎目:茶道における「泡立てる」意味を改めて考えてみた



茶道では、抹茶を泡立てる動作がイメージされることが多いです。一見シンプルに見えるこの作業ですが、なぜこのような形になったのでしょうか。 苦みを和らげるためなどの説はあるようですが、正しい起源は分かっていません。しかし、ぶくぶく茶をはじめとした「振り茶」もこの”振る”=泡立てる、という工程があり、なにか共通の意味を持っていたと考えてもよさそうです。
そこで今回は、茶道において「泡立てる」という所作にどのような意味があるのか、あらためて考えてみました。

飲みやすく味わいを引き出すための「泡立てる」役割

抹茶は粉末状であり、そのままでは水に溶けにくい性質を持っています。茶筅を使って抹茶を泡立てれば、粉末を水に均等に広げることができます。しっかりと泡立った抹茶は、口当たりが滑らかで苦味が和らぎ、より美味しく飲むことができるでしょう。
中国から茶葉が伝わる前に、日本ではすでに薬草などを煮出して泡立てて飲んでいたという記録があるそうです。 さらに、泡立てることで生まれるクリーミーな泡は、視覚的にも美しい仕上がりを演出してくれることで、定着していったのかもしれません。
これはぶくぶく茶も同様で、白くこんもりと乗せられた泡は見た目も美しく、その見た目から「旅立ちのお茶」として親しまれてきた歴史背景があります。沖縄独特の硬水と炒った米という素材を、美しい白い泡に昇華した先人の知恵には頭が下がります。

精神統一の象徴としての泡立て

抹茶を「泡立てる」という行為は、茶道の深い精神性を表しているという人もいます。茶筅を使い、お点前という決められた型を丁寧に繰り返すことで、茶人は心を整え、精神を集中させることができるからです。
これは茶席へ参列してくれたお客様への敬意を示すうえでも重要な考え方です。茶道の礼儀作法や精神性を具体的に体現するものは多いですが、そのクライマックスとしての動作として考えれば、納得できます。 ぶくぶく茶のお点前でも二回に分けて白い泡を立てますが、その間の心地よい静けさは、供する側だけでなく参列いただいたお客様の心もすっきり整えてくれているのかもしれません。
もちろん、泡立て方やそこに込めるこだわりは流派や個人によってさまざまであり、すべてがその意識を持っていると言い切ることはできません。しかし、それぞれが一杯一杯、真心を込めて抹茶を点てることに差はないはずです。

泡立てることがもたらす、美味しさと美しさ

「泡立てる」動作は、お点前の中でも特にイメージしやすいものです。例えばぶくぶく茶では、炒った米の香ばしい香りとともに、茶筅がたてるしゃっしゃっという涼やかな音もおもてなしの一つだと言われます。喫茶という行為がまだまだ一般的でなかった時代には、美しい泡と音はそれだけで目のごちそうだったでしょう。
また、「泡立て」て空気を含ませることで、苦い味が和らぎ飲みやすくなります。前述したとおり、庶民の茶道といわれる「振り茶」でも”振る”ことが共通の動きとして取り込まれています。できるだけおいしく飲みたいという気持ちが、そのような形で習慣化されていたことは想像に難くありません。
いかがでしょうか。 これらのどれもは、残念ながら推測の域は出ていません。しかし、茶道をたしなむ限り、一杯の茶をおいしく提供したいという思いはどんな茶道でも共通だっただろうと思えるのです。その象徴であり手段が「泡立てる」ということだったのではないでしょうか。

こちらもどうぞ 「ぶくぶく茶とは|福を呼ぶ、琉球伝統の茶道」
普段着物研究所 https://www.daily-kimono.tokyo/p/blog-page_22.html

いいなと思ったら応援しよう!