【散文】ぜいたくな時間
カーン、カーン、カーン。
突然の鐘の音に、すこし驚く。音は、通り過ぎてきた方から聞こえる。手元の時計は午前10時24分を表示する。
「中途半端な時間だな」
そう思いながら音のする方を見ると、テントを張り、おとなも子どもも一緒になにかやっている。そばに立つのぼりには「ガールスカウト募集」とある。
カトリック雪ノ下教会の前に人だかりができている。
5年ぶりの鎌倉
10月(2024年)の晴れた日曜日、5年ぶりに鎌倉・鶴岡八幡宮の参道・若宮大路の段葛を歩いている。ニノ鳥居から八幡宮方向に進んでいるとき、鐘の音が響いた。
段葛は車道より一段高い。初詣のときはきっと混雑するだろうが、特別でないきょうなど、ひとは少ない。まわりを気にしないで行けるのはありがたい。なにより、「車優先社会」で、車道(車)を見下ろせるのは優越感さえ生まれて気持ちいい。
青空がのぞく、秋のさわやかさも手伝って、若宮大路はもうにぎわっている。大路の両側には、鎌倉の伝統的な工芸品をあつかう店がある。おいしそうなお菓子の店がある。鎌倉のお菓子でまず思い浮かぶのは鳩サブレーか。大路に本店を構える。
和洋の商品が人気の店はすでに客が列をつくっている。どちらの店も段葛との間に車道をはさむので、すぐに店内をのぞけないのはつらい。
七五三参り
八幡宮の境内は、あちこちで七五三参りの家族が記念写真を撮ったり、談笑したりしている。男の子はりりしく、女の子は華やか。見ているこちらも笑顔にしてくれる。時代は違っても、子どもの健やかな成長を願う気持ちは同じ。こころがほっこりする。
太鼓橋を過ぎてすぐ左手にある鎌倉文華館鶴岡ミュージアムは、建築家・坂倉準三が設計した神奈川県立近代美術館の旧鎌倉館を継承した建物。平家池にせり出すピロティーで過ごす時間が好きだ。
ベンチに腰かけて、こんなことを手帳にメモしている。
目に入る光景を、ただ眺める。
旅先の、ぜいたくな時間。
教会の鐘の音も。段葛を行くひとも。にぎわう土産物店も。お参りのひとも。鎌倉の日常だろう。そのなんでもない光景が、時間が、「土産」になる。
歩いて、建長寺、円覚寺に向かう。
午後3時ごろ。円覚寺境内で休んでいたら、ポツリと冷たいものが落ちてきた。
予想通り、雨になりそうだ。
江ノ電藤沢駅で買ったペットボトルの水を一口飲んで立ち上がる。
北鎌倉駅はすぐだ。
(了)
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