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雨が降る前に。

雨が降りそうなのは、気付くと吹きだしている風でわかる。雲が重くたれこめてきて光が射さなくなるのは、雨の降らない曇り空でも同じだけど。         雨が降る前の不穏な空気は、換気のために開けている窓から入り込むひんやりした隙間風や、吹かれて揺れ出す梢でわかる。気温がすっと下がり、雲が速度を増して動いていく。

ぽつりぽつりとした雨の降り始め。         雨粒はアスファルトの道路や畑の土に落ちても、吸い込まれてすぐ色を無くす。そんな事はもちろんお構いなしに、徐々に数を増して降り続く雨粒。        程なく地面の表層が吸い込める水分量を超えると、雨は地表に顔を出す。アスファルトも土も、徐々に色濃く濡れた状態に変わっていく。そしてそれが続くと、地面の所々にじわりと水溜まりが生まれている。

雨が降る前が好きだ。風が吹き、低い雲が動き出しているのに気づくと、心のどこかがざわざわする。    用も無いのにベランダに出て、瞬間に肌を冷やす風を確認したり、「雨が降る前の匂い」を胸いっぱい吸い込んだりする。湿った土埃のような、植物たちがこれからくる雨に備えて互いに警報をやり取りしているような、青臭い匂い。                    どこかの国の言葉に、この「雨が降る前の匂い」をさす単語があると聞いた。その国の人たちは、この「匂い」について「あぁ、あれね」とすぐに分かりあえて、みんな心の中で「きゅん」を共有できたりするのだろうか。羨ましい。

いざ雨が降ってしまうと、もうそんなに好きではない。寒がりなので、手足の先が冷えだすと憂鬱な気分になる。髪の毛だって膨らんでしまうし、足元や服が濡れるのもただうっとうしい。

「雨が降る前」が好きなのは、どうしてだろう。これから何かが起こるという、その予感めいたものが好きなのか。                      「これから何かが起こる」というのなら、早朝の朝焼けだって同じだ。新しい今日がこれから始まるというしるし。どこかわくわくする様な、清々しく真っ直ぐな心持ちになる。                    だけど、比べるとやっぱり「雨が降る前」の方が好きだ。何故だろう。朝と違って、どこか不穏な感じがするからだろうか。                  何か良からぬ事が起こりそうな。大切な何かを失う様な。心のどこかに、癒えはするけど一生消えない傷ができる様な。                    私は自分の中の何かを壊したいのか。壊されたいのか。いったい何を。


けどそんな気分も一瞬で、雨が降り出してしまえば途端にもうどうでもよくなる、自分のわがままな感情に苦笑いもしつつ。                   今日も私は、雨が降り出す瞬間を、心のどこかで待っている。                   

           2022年  梅雨に。

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