[4] 禁じられた「パン」が食べたい!
少年ショパンが書いた手紙の謎を読み解いています。
14歳のショパンの手紙には、何度も「パンが食べたい!」という言葉が出てきます。
主治医が禁じたパンとは?なぜ禁止命令が出たのだろう?
今回はその二つについて考えてみました。
(1) ショパンの健康状態と主治医
ショパン家のふたりの虚弱体質児
ショパンと末妹のエミリアは体が弱く、病気がちでしたので、健康に関するいろいろな注意や禁止事項がありました。しかし治療方法は、今見ると奇妙なものも多いです。ショパンの時代には、抗生物質はなかったのです。
参考:19世紀の治療方法。瀉血(しゃけつ)
主治医ジェラルド
ショパンの主治医はフランス人のジェラルド先生です。彼は元ナポレオン軍軍医で、ポーランドで家庭医となりました。ショパンのお父さんもポーランドに住むフランス人なので、フランス繋がりでしょうか。
貴族のかかりつけ医で男爵の称号を持つのに、不自由な足で、わざわざ出かけて貧民街で治療をしていた。歴史上はほぼ無名ですが、立派な人だと思いました。
(2) パンの種類と背景
さて、次は「パンが食べたい!」の、パンの種類について調べます。
手紙に書かれた「ロールパン」はどんなパン?
日本ではあのツヤのある巻き型のパンを想像しますが、ポーランド語で検索しても、このタイプのパンが出てこないのです。「ロールパン=bułka」で出てくるパンは…
日本で見られる「ロールパン」は「テーブルロール」「バターロール」と言い、戦後のアメリカ経由です。ポーランドでショパンが「ワルシャワで食べてたロールパン」とは「カイザーロール」の事だと思います。
■参考:各国のパン ウィキペディア(日本語)
主治医が田舎パンを禁じた理由
手紙に出てくる「禁じられた田舎パン」についても調べてみます。ポーランド語で『chleb wiejski』の英訳は『country bread』。日本語訳は普通に『田舎パン』ですね。
ライ麦や雑穀が入った、黒っぽい硬いパンの事です。
19世紀の認識では、ライ麦パンは値段が安く貧乏人が食べるものでした。「アルプスの少女ハイジ」でも、貧しいおばあさんに白パンを食べさせてあげたいという話があり、日本でも、白い米は「銀シャリ」で、雑穀米や麦飯は「ぼそぼそしている」「黒い」「くさい」と嫌う時代がありました。
ジェラルド先生も、生地が粗く硬く酸味があるライ麦パンは、病人にはよくないと判断したようです。
ライ麦パンや雑穀米は、実は栄養価の優れた健康食なんですよね。わたしは大好きです!しかし前時代のこの悪評のためにライ麦の生産量は激減し、現在では白パンより値段が割高なのです。
都会と田舎のライ麦パン、きめ細かさの違い
さて、言葉のイメージ確認を続けます。
「ショパンの手紙」では「田舎のパンの方が白く、キメが細かい」とあります。『都会』の方がより洗練され、パンもきめが細かいような気がしますが、この差はなぜなんでしょう?
「きめが細かい」とは、粉の精製に「手間がかかる」こと。当時のパン職人は街のギルドに属しています。パンを購入するのは街の人です。都市部のパン屋に求められたのは、手間をかけたきめ細やかなパンよりも、いつでも安く手に入る、そういう大量生産的なパンなのではないでしょうか?
対する田舎のパンを考えます。
ショパンは、夏休みに招待されて田舎に行きました。この場合の田舎とは「貴族の屋敷」です。そうすると田舎の田舎パンとは「貴族の領地の農民が領主のために作ったパン」になります。大量に安く作る必要はないわけです。手間ひまかけて粉を精製し、きめ細かいパンを丁寧に作っていたのではないでしょうか?
ショパンが「田舎のパンの方が上等だ」と言うのは、そういう理由だと思われます。
ポーランドでのパンの食べ方
田舎パンは硬いので、薄くスライスして食べます。
ポーランドでの食べ方を調べてみました。
19世紀のパンの食べ方資料は見つけられなかったので、ポーランドの現在の食べ方を画像検索してみました。
さまざまにトッピングされたライ麦パン。自分だけ禁止されて食べられないなんて!普段は食が細いショパン少年も、それはそれはツラかったことでしょう!
「ライ麦パンを食べる許可をください!」
14歳のショパンが、旅先から初めて家族に出した手紙には、こういう背景があったのです。
次は、「手紙の中に出てくる音楽」を調べたいと思います。