本:豊饒の海-奔馬-
※この記事ははてなブログにて、2020年10月3日に投稿した記事の再掲です。
この本は、三島由紀夫が人生の終わりに書き残した長編小説、全4巻のうちの第2巻だ。
第2巻は第1巻の18年後が舞台。第1巻で壮絶に若さと命を燃やし、死へ向かった清顕は、第2巻で10代の若者、飯沼勲へ転生する。
当の本人は前世の記憶はなく、その事実に気がついているわけではないが清顕と行動を共にした本多(第2巻では38歳)はいくつかの要素をもって転生を確実なものと思うようになる。
ひとつ感心してしまうことは、本多という見届け人がいる事で今までのでき事を俯瞰して、落ち着いてみる事ができる事だ。第1巻はこの第2巻により、完璧な過去となる。誰しもが若い10代の頃を歳を取った後振り返ると、何故あんなに小さな事に固執していたのかとか、何故あんなにどうでもいい事を真剣にやっていたのかとか、思うことがあると思う。
その若い時に起きた実はばかばかしく、ただかけがえなく、人生の後のどの輝きとも違う輝きを、本多という見届け人を通して説明することができる。
なかなか、こういう物語はないだろう。輪廻転生といえば、手塚治虫の火の鳥が浮かんでくるが、過去から現代、未来に向かってこの世界を命尽きる前に描きたいと、歳を重ねた時作家は思うのだろうか。
実際にあった事件を元にして書いている所があり、言ってしまえば思想的に右な話に(簡単に右左というのもどうなのか。)なるが、思想以前の問題で、物語としてかなりおもしろい。少年だけで結成されたグループ(後に大人もひとり参加するが)で財界の重要人物の暗殺を目論み、暗殺を決行する日までの、主人公、勲の心の動きや、本多の勲に対しての不思議な想い、周りの登場人物の関係も読んでいて全く飽きない。
最後の場面に向かっていく緊張感と読み終わった後、視線が文章から解き放たれた時初めて気がつく、胸の張り詰める感じ。物語として上質だ。
また改めて思うのは、三島由紀夫の文章の素晴らしさで、人によっては多少長々としていて読みにくいと感じるかもしれないが、その長い描写により、ひとつひとつの場面は今この世界でここでしか起こっていない、たったひとつ出来事へと昇華されていく。
本来どんなにつまらない日常でも、その日常の瞬間は他を探してもどこにもみつからない、唯一無二のものなのだという当たり前の事を、文章によって気づかせてくれるのが三島由紀夫の力なのかもしれない。
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