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自由=不自由!? 映画『 すばらしき世界 』を観て

中島みゆきさんの『 ファイト! 』という曲をご存知でしょうか。

有名な曲なので、ご存知の方もたくさんいらっしゃるかと思いますが、私はこの曲が大好きで、初めに聴いたときは感動のあまり泣いてしまいました。

その『 ファイト!』に、次のような歌詞があります。歌詞をそのまま載せるわけにはいかないので、梗概を記します。

わたしは駅の階段で、女が子どもを突き落とすのを目撃した。女は薄笑いを浮かべていた。叫ぶことも子どもを助けることもできなかった。ただ怖くて逃げた。わたしの敵はわたしだ。

これを聴いたとき激しく共感したものです。自分も逃げてしまうかもしれない、自分の敵は自分の弱さだと。

しかし、この映画の主人公三上なら、考えたりおびえたりせず、目撃すると同時に子どもを助けながら、女を怒鳴りつけているでしょう。

映画を観ていて、痛快なんです。三上にはまったくちゅうちょがなく、清々しいぐらいに自分の行動に迷いがないんです。

映画の中で、三上は、相手がどんなに凶暴そうにみえても、曲がったことをしている輩には、どんどんつっかかっていきます。そしてただつっかかっていくだけでなく、見事に成敗してしまいます。

自分の弱さに苦しんでいる者にとっては、三上の強さ、自身の行動に対する確信はとても眩しく、私は彼に憧れすら感じてしまいました。

だから映画に登場する、身元引受け人の弁護士の先生も、町内会会長も、三上を取材するライターも、彼に惚れ込むと同時に、放っておけなくなるのもものすごく分かります。

しかし、そんな三上にとっても、じつは自分の敵は自分なんです。

刑務所に入ったのも、刑務所でも特別過酷な懲罰房ばかりで過ごし、刑期の満期いっぱい勤めあげることになったのも、彼のそのあまりにまっすぐなありようが原因なのでした。

つまり、ちゅうちょが一切ないということは、我慢がないということでもあって、不正はまだしも、不満とか、不快とか、彼にとって納得がいかないことに堪えることができないのです。

弱くても苦しむけど、強すぎても苦しい。人が生きていくのは難しいものですね。

私はベストセラーになった『嫌われる勇気 』を読んで、大変感銘を受けましたが、「自由とは嫌われることである」という同書の中核をなす主張は、三上に関しては必ずしも当てはまらないかもしれないと思いました。

「自由とは嫌われることである」という主張は、『嫌われる勇気』をお読みにならなければ飲み込みにくい主張ですが、ごく簡単に言えば、わたしたちは人に嫌われないことに窮々としているから不自由なのであって、自分が心からしたいことをやって、結果嫌われることを受け入れられれば、不自由という足枷から開放され、真に自分の人生を生きられるということです。

私はこの言葉に出会ったときに、世界が一変するような衝撃を受けました。心からその通りだと思いました。

しかし、これをいざ三上に当てはめようとすると、上手くいかないのです。

彼は彼の思うさま行動し、その結果人に嫌われることなど毫も気にしていません。

にもかかわらず、彼は自由と言えるでしょうか?
そして幸せと言えるでしょうか?

むしろ心の赴くままに生きているだけ、余計に不自由になっていくようにみえて仕方がありません。

とはいえ、やはり彼の中に自由をみているから、観ている私たちは彼に惹き付けられるのでしょう。心は自由でも不自由にしか生きられないのが現代、ということなのかもしれません。

そんな彼が自分に打ち勝って、穏便に社会を、不自由を受け入れ、世間にあわせたというのがこの映画の結末です。

私は原作をあらかじめ読んでいたのですが、原作では彼は最期まで彼としてしか生きられず、世間に合わせられない自分を生きていました。

刑務所の中でさえ、自分をまげられないために、懲罰を受けることを繰り返し満期退所した人が、退所して一労働者として社会に加わり、その中で自分を隠しおおせて、上手く振る舞っている姿を私はなかなか想像できません。

もし振る舞えるとすれば、彼のこれまでの生き方はなんだったのかよく分からなくなってしまいます。私は原作の方がほんとだろうというふうに思えます。

彼をとおして私たちがみたいのは、自由の可能性です。

彼はいわば、他人の顔色を見てしか行動できない現代人の極端な対極です。彼が彼そのものであるがまま、現代がどれだけ彼のような人物を受け入れられるか、あるいはどのように受け入れるべきか、それをこそ問われるべきではないかと思います。

この映画では、結局彼という人間が充分に描けていないと感じましたし、その結果、社会への問いかけも失ってしまっていると感じました。

恐らく西川監督は優しく、感情移入が強烈な方で、真っ直ぐに生きるがあまり世間から疎外されている主人公に、きっと救いを与えたかったのでしょう。

いろいろ物申しましたが、西川監督の熱い思いが感じられ、役所広司さんの演技も素晴らしく、実のところは楽しく鑑賞させていただきました。

物申すのもそれだけ映画を楽しんだからなんです。皆さまも何はともあれご覧あれ~。


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